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2017年03月12日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(0)

367 :名無しさん@おーぷん
中学の時、ちょっと変わった同級生の男の子(A)がいた。
Aは例えば体育の授業でソフトボールをやると、自分がピッチャーじゃないと気が済まない。
他のポジションを与えると大声で文句を言い、思い通りにならないと泣き叫ぶ。
仕方なくピッチャーをやらせれば、打たれると同じようにキィィィィ!!となる。
ドッヂボールをやると執拗にひとりだけ狙った。その子はクラスで一番身体が小さい女の子で
毎回その子を明らかに狙っている。泣かしたこともあった。
その子が可哀想で、みんなで囲んで守ったこともあった。
そして自分がボールを当てられると激高してボールを遠くに蹴り飛ばしたりする。
とにかく我儘で自分勝手で協調性がない。
そのくせ勉強だけは学年トップだった。たぶんこれも一番じゃないと気が済まないんだろう。
今思えばなんらかの障碍だったような気もするが、当時は“勉強はできるが関わりたくない子”と思われていた。
3年生になっていよいよ受験一色になってきた頃、トップが入れ替わった。
これまで不動の一位だったAはトップを奪われたどころか3位だったか4位だったかまで落ちた。
(ちなみにうちの中学は上位20位まで廊下に貼り出していた)
そこから登校拒否が始まった。
先生たちは一生懸命説得に向かっていたが、私たちは正直言って受験のことで頭が一杯だったし
むしろ平和になったわ〜って感じだった。
Aには悪いけど、いつもいつAが癇癪起こさないかとヒヤヒヤしてたから。
結局留年にならない程度には登校していたが、成績はどんどん下がり志望校も滑り止めもダメだったらしい。
以来Aがどうなったか話題になることもなかった。

成人式のあと、中学のクラス会があった。
前以て案内があって、卒業した中学の教室に集まることになっていた。
そこで初めて幹事からAが亡くなっていたことを知った。
幹事も案内状の回収で初めて知ったそうだ。
最初こそ微妙な空気になったものの、次第に久しぶりの再会に盛り上がるクラス会。
その会場に突然知らない女性が現れた。Aの母親だった。
そして誰の案内もなく唐突に挨拶が始まった。

Aが自室で縊タヒしたこと、その時の様子を語りだした。
まるで小説を読んでるみたいに淡々とした口調だったけど内容は生々しくて
出席していた担任の先生が止めようとしたけど振り払って語り続けた。
時間はたぶんそんなに長くはなかったと思う。でもすごく長く感じた。
そして最後に
「あなたたちの誰も息子の悩みに気付いてくれなかった」とか
「たったひとりでも声を掛けてくれる人がいれば」とか
「息子に友達がいなかったのは息子の責任ですか?」とか
なんか他にも私たちを責める言葉を泣きながら吐いて帰って行った。
しばらくシーンとしてたけど、担任の先生が
「黄身たちの責任ではない。俺たち教師の責任だから、お前たちは自分の人生を全うしろ」とか言って
やっと少しずつ場が和らいでいった。

息子を亡くした母親の悲しみは想像でしか分からないけど、
本音を言えば私は先生たちのせいでもないと思う。
先生は精一杯指導してた。
だけど思い通りにならないと癇癪を起こし授業にならない。
生徒はAひとりではないし、私たちは受験生だった。

あの頃、Aに対し、私たちに一体何ができたんだろう。
2017年03月12日 カテゴリ:その他  コメント:(0)

795 :名無しさん@おーぷん

嫁実家の作る梅干しが凄く美味い
梅と塩と紫蘇だけ(たぶん)で作った普通の梅干しらしいが
旨味と酸味と塩気のバランスが素晴らしい
これ一個でご飯が進む進む
あと果肉の残った種を口に含み、お茶を飲むともう最高
嫁と結婚したのはこの梅干しと出会うためだった!というのは言い過ぎかw
市販のハチミツ使った甘ったるい梅干しなんか二度と食べたくない。ってか梅干し買わないw
結婚した当初は嫁祖母が作っていたけど認知が進んできて作れなくなったので
数年前から嫁母がレシピを受け継いで作ってくれている
これであと十数年は梅干しが確保できたと安心している
でも問題は嫁母が作れなくなったときどうするか
嫁実家長男夫婦は梅干し作るようなタイプでは無いし
嫁に梅干し継承する気があるか聞いてみたところ当然ナイとの返事
かくなる上は自分が・・・と思ってはいるけど料理センスゼロの自分にできるかどうか今から悩み中
2017年03月10日 カテゴリ:衝撃的な話  コメント:(0)



207: 名無しさん@おーぷん 2017/02/23(木)22:29:18 ID:???

なんもやってないけど、
妙な達成感みたいなものを得てしまった過去を思い出した。

数年前、地元の会社から他県にある関連会社に期間限定の異動・移住する事が決定。

ネットで会社周辺のアパートを探してたら
会社からそこそこ近くて家賃が安いアパートを見つけた。
所謂、事故物件だった。

不動屋さんいわく一年も住んだ人はいないし、
やっぱり妙な空気感があるからやめた方がいいですよ、
的な感じで説明してくれたんだけど、見学に行った限りなかなか綺麗な部屋だったし
何よりも家具家電付き、アパート周辺は色々な店がある、敷金礼金なし
さらに大家さんが家賃をさらに下げてくれたため見学後、
即契約(ほかの部屋は確かその3倍はした)
引っ越し費用の大半は会社の負担だったので
格安で引っ越し出来たのは本当にラッキーだったと思う。

今思えばだけど、心霊現象ぽい出来事は確かにあった。

覚えがあるのは住み慣れた頃、夜、
仕事から帰ってくると飾り棚にしっかり固定して飾ってたはずの洋楽アーティストCD、
海外ドラマ俳優のグッズ等のコレクションが床に落ちてた事。

これが割とあった。
地震なんてもちろんなかったし、おかしいなぁ~と思いながらも
その中には超貴重なグッズもあるから自分の手の甘さというか緩さ?に腹が立ったんだよね。

貴重なグッズを守るため、
飾り棚を地道にDIYしてコレクションをガッチガチに固定・密閉した以降はない。



2017年03月10日 カテゴリ:愚痴・相談  コメント:(1)


119 :名無しさん@おーぷん
彼氏の職業説明するの面倒すぎてワロエナイ(´・ω・`)

彼氏は某全国チェーンの飲食店で本社勤務。
ただ本社といっても、生産工場も本社扱いで、彼氏は地方の工場長をしてる。
だから本社勤務って表現するのは、なんか見栄を張ってるみたいで嫌www
でも工場長してるって言っても、人によっては店舗社員>工場長みたいで
「あ、工場勤めなんだw」
て軽く見られることがあって、なんか腹立つ。
(実際は工場社員>>店舗社員)

自慢じゃないけど、彼氏はそこそこ偉いんだぞ!
て言いたいけど、それもなんかガキ臭いしなー。
私がチャランポランだからそう思われるのかな。
「お前が付き合う相手なんて底辺だろプッ」
てことなのかな(´・ω・`)

年収を言えば早いんだろうけど、それはちょっと下品だし。
でも彼氏をバカにされるのは腹が立つから、誤解なく伝えたい。
彼氏は高学歴で仕事も頑張ってる偉い人なんだぞー!って。
でも低学歴のバカだから上手く伝えられてない。

簡易人格判定機と思えば腹も立たないのかもしれないけど、どうしても腹が立つ。
2017年03月09日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(1)

367 :名無しさん@おーぷん
中学の時、ちょっと変わった同級生の男の子(A)がいた。
Aは例えば体育の授業でソフトボールをやると、自分がピッチャーじゃないと気が済まない。
他のポジションを与えると大声で文句を言い、思い通りにならないと泣き叫ぶ。
仕方なくピッチャーをやらせれば、打たれると同じようにキィィィィ!!となる。
ドッヂボールをやると執拗にひとりだけ狙った。その子はクラスで一番身体が小さい女の子で
毎回その子を明らかに狙っている。泣かしたこともあった。
その子が可哀想で、みんなで囲んで守ったこともあった。
そして自分がボールを当てられると激高してボールを遠くに蹴り飛ばしたりする。
とにかく我儘で自分勝手で協調性がない。
そのくせ勉強だけは学年トップだった。たぶんこれも一番じゃないと気が済まないんだろう。
今思えばなんらかの障碍だったような気もするが、当時は“勉強はできるが関わりたくない子”と思われていた。
3年生になっていよいよ受験一色になってきた頃、トップが入れ替わった。
これまで不動の一位だったAはトップを奪われたどころか3位だったか4位だったかまで落ちた。
(ちなみにうちの中学は上位20位まで廊下に貼り出していた)
そこから登校拒否が始まった。
先生たちは一生懸命説得に向かっていたが、私たちは正直言って受験のことで頭が一杯だったし
むしろ平和になったわ〜って感じだった。
Aには悪いけど、いつもいつAが癇癪起こさないかとヒヤヒヤしてたから。
結局留年にならない程度には登校していたが、成績はどんどん下がり志望校も滑り止めもダメだったらしい。
以来Aがどうなったか話題になることもなかった。

成人式のあと、中学のクラス会があった。
前以て案内があって、卒業した中学の教室に集まることになっていた。
そこで初めて幹事からAが亡くなっていたことを知った。
幹事も案内状の回収で初めて知ったそうだ。
最初こそ微妙な空気になったものの、次第に久しぶりの再会に盛り上がるクラス会。
その会場に突然知らない女性が現れた。Aの母親だった。
そして誰の案内もなく唐突に挨拶が始まった。

Aが自室で縊タヒしたこと、その時の様子を語りだした。
まるで小説を読んでるみたいに淡々とした口調だったけど内容は生々しくて
出席していた担任の先生が止めようとしたけど振り払って語り続けた。
時間はたぶんそんなに長くはなかったと思う。でもすごく長く感じた。
そして最後に
「あなたたちの誰も息子の悩みに気付いてくれなかった」とか
「たったひとりでも声を掛けてくれる人がいれば」とか
「息子に友達がいなかったのは息子の責任ですか?」とか
なんか他にも私たちを責める言葉を泣きながら吐いて帰って行った。
しばらくシーンとしてたけど、担任の先生が
「黄身たちの責任ではない。俺たち教師の責任だから、お前たちは自分の人生を全うしろ」とか言って
やっと少しずつ場が和らいでいった。

息子を亡くした母親の悲しみは想像でしか分からないけど、
本音を言えば私は先生たちのせいでもないと思う。
先生は精一杯指導してた。
だけど思い通りにならないと癇癪を起こし授業にならない。
生徒はAひとりではないし、私たちは受験生だった。

あの頃、Aに対し、私たちに一体何ができたんだろう。