カテゴリ: 感動・いい話の記事一覧
2018年10月15日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(0)



457:名無しさん@HOME04/12/10 18:24:01
今まで古い女にネチネチやられていてもスルーしていた旦那が
最近庇ってくれるようになった。
嬉しいというより、不審で気味が悪かったので「何なの今さら?」ときいたところ、
「お前の弟に怒られて泣かれた」そうな。
「うちの親は忙しくて俺は姉ちゃんに育ててもらったようなものだ。
ブスだけど優しい姉ちゃんであんたにもらってもらえて、
幸せになれると思って本当に嬉しかったのに、なんであんたの母親から守ってくれないんだ?
粗末にするなら返してくれよ、そんで他の幸せ探させてやってくれ」
ぬぼーっとしてる弟がいつの間にそんな話を…と思いつつ泣けた。


2018年09月23日 カテゴリ:感動・いい話  コメント:(0)



696:おさかなくわえた名無しさんID:sZfu2BpA
数年昔の話でものすごい長話になってしまいますが書き込んでもよろしいでしょうか?


2018年09月04日 カテゴリ:感動・いい話  コメント:(0)



974: 1 2011/06/15(水) 17:17:28.31 0
スレ埋めついでにプチ修羅場でも。
今日は育ててくれた人の誕生日だからな。

俺……ごく平凡なリーマン。変わった所と言えば家族以外の女は苦手。
姉……小さい頃に、俺等を守ってひたすら虐待されてた姉。男忄生恐怖症な所がある
母……よく違う男を連れて歩いてた。お水。
双姉……今でも一緒に住んでる。両親のお陰で仲がいい。男嫌い
父……酒飲まなくても暴力に走る人。金をよく借りる。
男……見た目チャラい。チョコレートが好きなのかよくくれる。

俺が記憶にある頃、もう既に姉は俺等の妹弟を体を張って守っていた。
母は帰ってくると、父と大喧嘩の毎日。
母は母でよく違う男と歩いてるところを目撃してる。
ある日、また今までとは違った男と歩いてる所を目撃。
声をかけると怒られるのは知ってるから俺は双姉と一緒にスルーして帰った。
が、するとさっき母と一緒に居た男が俺等に声をかけてきた。
「可愛い子だなー、母さん!」
ホスト、というよりもヤーさんみたいな感じの人だった気がする。
「ほら、二人とも挨拶は?」言われた通りに挨拶をすると、男は嬉しそうに俺等の頭を撫でた。
それから、日曜日になると母は一緒じゃなくても男だけ来るようになった。
そして、遊園地やらいろいろな場所に連れて行ってくれたし、お菓子もいっぱいもらった。
姉を見る度に、暴力受けてるんじゃないのかと心配そうに話していた。


2018年07月22日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(0)


1: 名無しさん@おーぷん 2014/07/29(火)01:49:15 ID:TxTQ9attw
立ったら核


2018年07月20日 カテゴリ:感動・いい話  コメント:(1)


476: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/02/19(火) 00:38:13.00
先週の話。 
嫁の優しさに不覚にも号泣してしまった。 
文章下手だけど、頭整理するためにも書かせてくれ。 

俺は今でこそ普通体系だけど、 
高校まではずっとチビ&体格悪くて、中学ではイジメにあってた。 

殴る蹴るは当たり前。 
あとは物隠されたり、指差して笑われたり。 
悪口を面と向かって毎日言われたりして、 
頭おかしくなるんじゃないかと、一時期本気で思ってた。 
中心人物は体格のいいジャイアンタイプのDQN。 
勉強できない・運動は得意・徒党を組んで弱いものいじめを楽しむ 
本当にありがちなタイプ。 
そいつから逃げたくて必タヒに勉強して、 
県内有数の進学校→国立大→地元の大企業に就職した。 
高校大学では一生物の友達もできて、 
今は5年付き合った女の子と、先日結婚した。 
このまま、過去を忘れて幸せになれるんだと思ってた。 

したら先週、実家付近でジャイアンに遭遇した。(以下G) 
Gは俺を見るなりニヤニヤ近寄ってきて 
「○○くんじゃ~ん久しぶりww元気してた?ww」 
あぁ、こいつは今も何も変わってないんだなぁって 
背筋がすっと寒くなったよ。 
Gは聞いてもないのに自分のことをベラベラと話し出した。 
・自分は高校から女にモテて仕方なかった 
・大学は、バイトしてた出張ホストの店?に 
「どうしてもこのまま働いてくれ」と言われたので行かなかった。 
・30くらいになったら社畜になってもいいかな 
・今もモテるから、何人もの女に貢がせてる 
と、まぁいい年して何言ってんの?ってことを自慢げに話し続ける。


2018年07月13日 カテゴリ:家事・育児  コメント:(0)


288: 彼氏いない歴774年 2012/08/06(月) 21:32:40.26 ID:g6v0E9Vz
自分語り&長文すみません。 

子どもを育てることになった。もちろん私が産んだ訳ではなく、姉の子。 
海外に住んでいた姉夫婦が事故に遭い、去年2人とも亡くなった。 
2人の子供(姪)が来年小学生になるのを機に日本に帰って来るという話に。 
姪は日本語が話せる、というか日本語しか話せないので言葉には困らない。 
でも2歳の頃一度会っただけでお互い初対面みたいなもので、その上私の両親、つまり姪の祖父母は姪が生まれる前に2人とも亡くなっているので本当に2人きりの家族となる。 

冷たいと思われるかもしれないが、施設への入所も考えた。 
ただ世間体を気にした親戚関係から施設へは入れるなとしつこく言われて、結局うちで引き取ることに。 
くよくよしてても仕方がないので1Kのアパートから、2DKのマンションに引っ越した。

そして1週間前、姪が引っ越して来たんだが…めちゃくちゃかわいい!!! 
最初はやっぱり緊張してて、敬語だったり笑顔が強ばってたりで心配だったけど、3日目には志村けんの変なおじさんダンスを2人で踊れる間柄になった。今はヒゲダンスの練習中。 
子育てらしい子育ては私にはできないのかもしれないけど、色んな形の家族があるからと開き直った。 
喪で子どもがいて、とまぁ一生結婚できないルートだとは思うが、、何があってもこの子だけは私が守ろうと思います。


2018年07月07日 カテゴリ:因果応報  コメント:(1)


25:可愛い奥様@\(^o^)/2014/07/07(月) 10:53:57.82ID:rMR7EI880
これも因果応報かな?
生まれつきの病気で子供に恵まれなかった友人がいるんだけど
今で言う不妊様とは全然違って他人の子供を凄く可愛がってくれる。
手術だとかで辛い経験沢山してきたんだろうけど「昔の事だから良いのよ!」と言っていつも元気。

そしてその友人が嫁いだ先が酪農家だったんだけど
遊びに行った時に牛を見せて貰ったら、彼女は本当に牛が好きになったみたいで
大事に大事に育てていた。牛も彼女に凄くなついていてびっくりした。
まるで本当に自分の子供みたいに育てていた。

そして、彼女が嫁に行ってから、牛の怪我や病気が激減したり
不思議な事に牛の出産時のトラブルが減ったり、子牛の育つスピードが凄く良くなったらしく
その土地で何十年も酪農をやってるお年寄りの人達からも「あそこの嫁さんは不思議だな~。」と言われている。
子供産めないから、動物を可愛がる人を笑う人も居たりするけど
子牛がパーッと走ってきて、彼女にスリスリ甘えてるのを見てると
動物ってやっぱり人間の中身とかを理解してるのかな?って思ったりする。


2018年07月07日 カテゴリ:ほっこり・ほのぼの  コメント:(0)


315:名無しさん@家庭ちゃんねる2017/01/24(火)
今日、誕生日なんだ。
うちの職場、誕生日に休みくれるから皆で休みとってウトメさんと子供達とまったりしてたら、7年前に亡くなった旦那から誕生日プレゼントが届いた。

チャイムがなってドア開けた瞬間、すっごい笑顔の外人ご夫婦が「ハッピーバースデー!10年前の旦那君からのプレゼントデース!」だよ、びっくりして時間止まった。

結婚してすぐの頃に旦那が3ヵ月海外出張してて、その時に「新婚なのに誕生日祝えない」ってぼやいてたから、旦那さんが「手紙書けば?」と言って「どうせなら10年後にしちゃう?僕達が持っていくよ!手紙書きたい人全員に書いて、皆に持ってくよ。」になったらしい。
誕生日だけじゃなく生まれた時間まで言ってたのも、それを覚えててくれてその時間の訪問も驚いた。

プレゼント開けたら手紙が5通、私・ウトさん・トメさん・未来の子供達、そして外人ご夫婦へだった。
それ見てご夫婦号泣、私達も号泣。
プレゼントは手作りのアルバムと指輪。
指輪には「太ってない事を祈る!」というメッセージカードつき、ぴったりだったよ!

7年前、旦那が事故で亡くなった後で実家に帰ってこいと言われたけど帰らなかった。
ウトさん・トメさんが大好きで孫まで取り上げるなんてできないのと、子供達に旦那の育った家で大きくなってほしいのと、私自身が旦那の匂いの残るこの家から離れたくなくて。
幽霊でもいいから出てきてよってしょっちゅう祈ってたけど、形変えてきてくれた。
本当に本当に嬉しい。


2018年07月05日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(0)


700:可愛い奥様2011/08/01(月) 01:07:24.06ID:uL+7PdWU0
落ち着いてきたので書いてみる。

隣家別居のウト(故人)は、いわゆる空気な人だった。
孫には興味を持ってたみたいで子守はたまに引き受けてくれたが、
それ以外は本当に空気で、生前の記憶といったら、年末年始に
ただ黙々と年賀状の山を作り出しては「郵便局」と出かけてくいくか、
私の子にしつこく布団蒸しごっこをしかけては私を切れさせてた事くらい。

でも今回の震災で、その印象ががらっと変わった。

震災の時にあわてて探した防災避難用具一式は、
ウトが頻繁に手を入れて常にベストな状態に保っててくれたもの。
ウトが亡くなるちょっと前に話題になった保温シートとか、
高低差の記された避難専用地図も入ってた。
義実家のタンスや納戸には、不器用ながらウトの手で耐震対策が
施されてたおかげで、トメは昼寝中に寝室のタンスで
押しつぶされることもなく、飛び散って砕けた食器類で
怪我することもなく、無傷で済んだ。
たまたま義実家にいた私と息子も同様。



2018年07月04日 カテゴリ:ほっこり・ほのぼの  コメント:(0)


226:名無しさん@おーぷん2014/12/28(日)23:38:55ID:RUG
子供の頃の体験です
中学校は素行が悪いことで有名な公立中学校
家が遠い生徒は電車通学が義務付けられていて、私も電車通学組
ある日通勤ラッシュでゴタゴタした駅で膨らんだ黒い塊が落ちているのを見つけた
雨の日だったから泥水含んでいて、いかにも汚らしくって誰も見向きもしなかった
落し物かと思って拾ったら、なんとお財布
革の生地が泥水を吸って変形して膨らんでたせいで面影がなくて誰も気付かなかったみたい
水がしたたっていたので、ぎゅーっとして糸交ろうと思い、開いたらなんと中から札束がでてきた
クレジットカードみたいなのもびっしりだった

急いで駅員さんに渡したけど、拾った場所とか離してた時、丁度電車が来たので駅員さんの呼び止めも無視して名前も言わず、慌てて乗り込んでしまった

学校で授業を受けていると、先生から呼び出しを食らった
悪いことしたっけ?とビクビクしたら、なんと駅員さんが制服と名札をもとに学校に連絡してきたそうだ
名前と電話番号と住所を伝えて、先生に駅員さんの迷惑を考えなさいと叱られたあと褒められた

そして一週間後、家に五万円分の商品券と手紙が届いた
学校の卒業式とかで読まれる祝辞が書かれているような紙に、草書っていうのかな?伸びやかな蛇みたいな字が書かれていた
達筆すぎて読めなかった
母親も父親も読めないくらい達筆だった
両親が電話して話をしてくれた
相手の人は年を召した男性の声で、ものすごく感謝された
「もう諦めていたんです。戻ってくるわけないと。まさかそのまま戻ってくるなんて。人の温かみに触れることができました」
というようなことを言われました

こんな礼儀正しい大人の人がいるんだ!
なんて紳士的な人だろう、読めない手紙だけどなんか凄いのだけはわかる!
と衝撃でした