カテゴリ: 感動・いい話の記事一覧
2017年05月24日 カテゴリ:感動・いい話  コメント:(0)
58:おさかなくわえた名無しさん2014/01/30(木) 09:56:59 ID:n2lRnUwk
長いです。吐き出しをかねて。


うちの近所に、いわゆる聾唖のおじいさんが住んでた。
祖父母と同世代くらいで、事情があるのか、家族はいないそうで、親戚とも離れて一人暮らしだった。
私は、小さい時、「聾唖」ということがわからなくて、
どうしてあのおじいさんはいつもニコニコしてるのに、
挨拶しても返事してくれないのかな?と思って、母に尋ねた。
「おじいさんは耳が聞こえなくて、喋ることもできないの。


だから、あんたが挨拶しても聞こえないの。無視してるんじゃないのよ」と教えられ、

聞こえない、喋れないってつらいなと思った。

そんなおじいさんに、弟はよく懐いてた。
おじいさんは手話もできなくて、意思の疎通は基本的に筆談。
学校もまともに行けてないそうで、ひらがなばかり。

弟が「今日ね、○○(差別用語)さんに漢字教えてあげた!」と言った時、母が卒倒しかけたけど、
その差別用語は、おじいさんが幼少期からずっと、周囲に言われ続けたことだった。
自分が耳が聞こえないのは本当だから、と。
両親は弟に「いくら本人がいいと言っても、そう呼んじゃ駄目」と言っていたが、
6歳の弟にはよくわからなくて、結局、親が折れた。


幸い、近所の人達も、おじいさんが自分のことをそう言っているのはわかってたから、
弟は責められなかった。
2017年05月15日 カテゴリ:同僚・友人  コメント:(0)
1:名も無き被検体774号+2012/11/20(火) 15:50:45.65ID:gExy4Sja0
誰かに聞いて欲しい。
2017年05月15日 カテゴリ:感動・いい話  コメント:(0)
150:大人の名無しさん04/10/17 03:10:00ID:pT7m0yZ/
体のあちこちが痛いと思って病院に行ったら、
色んな検査をされて余命宣告を受けました。
残り半年だそうです。

悲しむ家族がいないのが幸いです。
天涯孤独で施設で育ち、大学を出て、
人並みに就職・結婚しました。
子供には恵まれませんでしたが、幸せでした。

妻は9年前の震災で亡くなりました。
友人も震災や病気、事故、自杀殳等で
多くが鬼籍に入っています。

彼らに会えるのが楽しみです。
宣告を受けた時、彼らの顔を思い浮かべて嬉し涙が出ました。
先生に「余命宣告をして嬉し涙を流す人は初めて見た」
と言われました。

延命治療は一切拒否し、天命に任せるつもりでいます。
私だけが泣ける話ですが、御容赦ください。
2017年05月12日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(1)
290: 名無し@話し合い中 2006/09/16(土) 11:11:01
俺は20歳から25歳まで付き合った彼女がど真ん中だった。 
「そろそろ結婚するか?」そんな話になり 
具体的な両家への挨拶の日取りとかも決めていた。 


が、彼女は突然居なくなった。

彼女の両親は、俺の名前を知っており、線香をあげる事を喜んでくれた。 
そして、3年目の花を手向けていた時に 
彼女の母に 
「あなたも若いのだから何時までも縛られては駄目、 
あなたは幸せになりなさい。それがあの子の望みでもある筈」 
彼女の父に 
「もう此処には来なくても良い。忘れないで居てくれれば」 
「正直、君が来る事で我々家族も苦しい」 

それ以降、彼女の家には行けなくなった。 
ただ、寺には行っていた。 
その後、事情を知る会社の後輩の女の子が
2017年05月10日 カテゴリ:結婚・恋愛  コメント:(0)
435:名無しさん@お腹いっぱい。2017/03/09(木) 20:20:15.00ID:2QEVhE440
13歳で両親に捨てられて14から働き出して
学校にも通わずに16でそろそろタヒのうかという時に出会ったのが今の妻

人の家の前に勝手に花なんか植えるもんだから荒みに荒んでたこともあって、
せっせと植えた種を土ごとその子に蹴浴びせたのが始まりだった

俺は昼も夜も働いてて、朝方家に帰ると家の扉の前にちょこんと座ってんだよ
学校行ってねえのかと思ったけど
その日も話しかけすらしないで押しのけて部屋に入った。
それが2、3日続いて流石にしびれを切らしてなんなんだと話しかけてみたら
ニッッコニコでご飯作ろっか?と聞いてきた