カテゴリ: 感動・いい話の記事一覧
2018年04月14日 カテゴリ:感動・いい話  コメント:(0)



892: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2016/05/05(木) 06:22:59.92 ID:ff3dfJIv.net
俺が小学校の時、貧乏だったから、家族旅行なんて行ったことがそれまで無かったのに 
4年生の時に初めて海水浴に連れて行ってもらった 
初めて泊まる立派な旅館。食べた事の無い、ものすごい御馳走。 
興奮して、すごくはしゃいでいた俺は 
なんでか、あまり楽しそうでなかった両親が印象的だった

そんな俺も、大人になり結婚し子どもを授かった 
子どもが小学4年になった時、なんでか知らないがあの当時を思い出したから 
母親に、あの時のことを聞いてみたら 

本当は、旅行先で一家心中するつもりだったらしい 
俺の、はしゃぎっぷりが余りに凄かったから夜中に両親が話し合って 
もう少し頑張ることになったらしい 
あの時、おれがはしゃいでいなかったらタヒんでいたのかとゾッとした。 

だが、タヒぬつもりだった両親はお金をほとんど持っていなかったので 
旅館の宿泊料が払えないので、朝から旅館の人に事情を話して半年の分割払いで 
納得してもらったらしい。その半年間は、喰いもんがホントに無かったのも修羅場



2018年04月12日 カテゴリ:ほっこり・ほのぼの  コメント:(0)


410 :1/4:2007/07/05(木) 03:47:37 ID:ZLRMTVul0
俺の爺さんは十年ぐらい前に、痴呆症(今で言う認知症)ってヤツになったんだが、最初は物忘れ程度だったものの、そのうち明らかに言動がおかしくなってきた。

で、時々“自分は別の人間だと思い込んでしまう”症状が出始めた。その“別の人間”っていうのが、なんとあの江戸川乱歩の「怪人二十面相」だった。

爺さんは昔どっかの劇団に入ってて、二十面相の役を演じた事があったらしいが、医者が言うにはどうもその頃のイメージが強く出てしまった結果という話だった。

しかも爺さんは、親父=明智小五郎、俺=小林少年だと完全に思い込んで、何かにつけ俺と親父を相手に困ったイタズラを仕掛けるようになってしまった。
初めの頃は、俺を便所に閉じ込めて

「ははは、どうだね小林君」

とか言ってみたり、親父の腕時計をコッソリくすねて冷凍庫の中に隠しておいたり程度の話だったんで、まぁ困るっちゃ困るけど、俺も親父も爺さんを責めたりしないで適当にあしらってた。

いつも二十面相状態ってわけでもなかったし、また始まった~みたいな感じで。でも、そうやって調子に乗らせてたのが今思えば良くなかったのかもしれない。

しばらくして、事件が起きた。

その頃はもう朝のトイレ中に便所に閉じ込められる事は日常茶飯事だったから、いつものように

「まいった二十面相!」

って呼びかければ開けてくれるはずだった。

しかし、その日は何度呼びかけても反応がなかった。通常、ドアを爺さんが押さえて閉じ込められてたんで、思いっきり蹴る事もできず、俺はただ大声で

「まいった!もう降参だよ!」

と叫び続けるだけだった。

すると外からゴソゴソと音がして、やっとドアが開いたと思ったら親父だった。ドアの前に脚立が突っ張り棒みたいに仕掛けてあったそうだ。

親父はその日着て行くスーツが見当たらなくなったとあちこち探し回っていた。そこへ突然、お袋の悲鳴が。

「キャー!泥棒ー!」

急いで台所へかけ付けてみると、窓に男の足がぶら下がって見えたと言う。どうやら、屋根の上に誰かが登って行った途中を目撃したようだった。

俺と親父はその瞬間ピンと来た。

「まさか、爺ちゃんじゃねーか?」

あわてて裏口へ出てみると、案の定それは屋根に登ろうとしている爺さんだった。なぜか親父のスーツを着ている。おそらく親父に変装しているつもりなのだろう。

何か風呂敷包みを小脇に抱え、1階屋根から2階屋根へとさらに登ろうとしている。

俺達はもう青くなって、急いで2階へかけ登り、部屋から屋根へと出てみた。しかし、その時点でもうすでに爺さんは2階の屋根の上に登り切ってしまっていた。

あせる俺達を尻目に、爺さんはヨタヨタと立ち上がり、何か言い始めた。

「わはは、明智君に小林君、今ごろ気付いても遅いよ、これは確かにいただいたからな」

そう言った瞬間、爺さんの足がズルッと滑り、そのまま俺達の方へ転がって来た。

ウワッ!と思ったがもう遅い。爺さんは俺達を巻き込んで1階の屋根の上に落下。

そのまま3人で屋根を転がり、その勢いで親父が弾き飛ばされた。俺は何とか爺さんを食い止めようと思ったが、意外に勢いが強くて回転が止まらない。

アッと言う間に屋根の縁まで転がり、とうとう下に何もなくなってしまった。俺はその瞬間「タヒぬ!」ってマジで思った。だが同時に爺さんを守ろうとも考えた。

結果、俺は爺さんを抱くような形のまま、爺さんもろとも地面に落下。爺さんは軽いかすり傷程度で済んだが、俺は腕を強く打ち骨を折るハメになった。

その後わかった事だが、爺さんが屋根の上で「確かにいただいた」と豪語していたのは、床の間に置いてあった北海道土産の木彫りの熊だった。

爺さんはその事件の衝撃のせいか、以来完全に二十面相と化してしまった。

言動もますますヤバく、また騒動を起こされたらたまったもんじゃないって考えもあり、さらに爺さん自体にガンが発覚したので、それから入院生活を送る事になった。

入院後の爺さんは、見る見る内に弱っていった。だが二十面相のプライドなのか、見舞いに行くといつも大げさな口ぶりだった。

それから3ヵ月の間、俺はいつも小林少年として爺さんと付き合うようにした。

ある晩、容態が悪化したと連絡を受け、夜中に家族3人で病院へかけ付けた。爺さんは呼吸器のような物を付けられ、すでに意識もうろうとした状態だった。俺が

「爺ちゃん!爺ちゃん!」

といくら呼びかけても、何の反応もなかった。もうダメなんだ・・・と思った。すると親父が何を思ったか、

「おい二十面相!情けないぞッ!」

と叫んだ。俺はともかく、親父は普段はのらない人だったんで、ちょっとビックリした。親父は泣きながら

「明智小五郎の勝ちでいいのかッ!いいのかッ!」

と叫ぶ。俺もボロボロと涙を流しながら

「にじゅうめんそぉーーー!」

と一緒に叫んだ。

爺さんは意識を取り戻さないまま、それから30分後くらいに逝ってしまった。だが、最後の最後で俺の頬を軽くなでてくれた。

「明智のような名探偵になれよ、小林君!」

とでも言っているように思えた。


爺さんが亡くなってから、今まで霊感のなかった俺が幽霊を見るようになった。

ある時は若い男、ある時は年増女。最初は気付かないが、何となくカンでわかる。すると霊はニヤッと笑って消えていく。

「よく気付いたね」

とでも言うかのように。

さすが変装の名人。怪人二十面相は懲りずにあの世で張り切ってるようだ。


2018年04月10日 カテゴリ:感動・いい話  コメント:(0)



521: 1/2 2014/01/06(月) 21:06:40.11 0
とりあえずいろいろ落ち着いたので書いてみる。 

昨年12/22、父が亡くなった。 
享年72歳。 
やせぎすで俺が知ってるだけで肺気胸を2回やってた父はタバコと珈琲が大好きだった。 
一生職人でい続けると豪語してたんだが、事実入院中も仕事のことばっか考えてたよ。 
医者が大嫌いで、泣き言を言わない、ザ昭和の爺さんて感じだった。 
痛いって単語を父の口から聞いたことがなかった。

その父が11月中旬にどうも胸が痛いと言って自分から病院に行ったんだ。 
本人は、また肺気胸と思ってたらしい。 
ところがCT撮ってみても気胸ではない。 
それどころか、変な影があるってことで総合病院で受診することになっのが11月下旬。 
診断結果は本人が医者から聞いたらしいんだが、 
その時点で原発セイは肺癌と膵臓癌、さらに転移で肝臓癌がみつかった。 
医者には家族には絶対言うなって言ったらしい。 
結局、数日後入院して母にも告知されたわけだが。 
その後、いろいろ診察するも膵臓がエンドステージで肺も肝臓に転移があるためオペできるレベルじゃないとか。 
もともと泣き言とか男らしくないことが嫌いな父だったのだが、医者にたいして苦しまずに安楽タヒさせてくれと申し出たそうな。 
本人の強い希望もあり、結局ドルミカムを処方する方針となったがある意味緩慢な自サツであり、家族全員に告知なしには処方できないと。 
ここでようやく、俺に連絡が入るが仕事中のため留守電にメッセージ。 
内容も火急の用件につき明日か遅くとも明後日には実家に来るようにと事務的な内容。 
理由を知らなかったので、600キロも離れた実家に仕事があるのに火急の用件だけで呼び出されても困るってことで軽く言い合ったのも後悔。 
12月17日、主治医と家族そろって面談し病状説明と本人の意思を聞く。 
医者曰く、普通の人なら11月のCTの時点でかなり辛かったはずなのに、痛いとも苦しいとも漏らさない精神力がすごいと。 
本人の意思どおりドルミカムを処方することに異存はないか確認された。 
入院中でタバコも吸えず、もっともその体力も残されてなさそうではあったが、 
ドルミカムが入り始めたらもう意識レベルが下がり起きることもなくなるわけで病院の敷地内なのだが、父と一緒にタバコを吸いに出たよ。 
吸い終えて病室に戻り、父が満足したので寝かせてくれと。



2018年04月06日 カテゴリ:感動・いい話  コメント:(0)



398: 名無しさん@おーぷん 2015/08/02(日)10:32:41 ID:KQf
よくまとめとかでさ、店の人からサービスされてる女忄生とかを叩きまくってる人いるでしょ?
あれをリアルで見て叩く奴はマジ人間忄生屑だと思った

大型ショッピングモールで物産展をやっていて最終日、俺は物産展の前のソファで休んでた
俺の隣には顔黒ボサボサプリン頭の推定30代ケバ女と、目の周りパンダの年齢不詳のオバサンがスマホ弄って座っていた

大学生くらいの愛嬌のある顔した小柄な女忄生が、カートにかごいっぱいの買い物を乗せて、物産展のコーナーを通りかかったのよ
物産コーナーは平日で時間(コーナーが開いて20分ほど)のせいか閑古鳥が鳴いていて、女忄生は数分ぶりに通る客だった
その女忄生をとある店員が呼び止め、最終日、サービスするから買ってってよ!と熱烈にアピール
女忄生は「荷物置いてからでいいですか?」と断りスタスタ去っていった
あー、逃げられたな、と思っていたら、暫くして財布だけを手にした女忄生が戻ってきた
呼び止めてた店員素直に驚いて感動してた
「戻ってきてくれるなんて思いませんでしたよ!」
「荷物置いてからって言ったので」
こんなやり取りしたら、店員だってサービスしないわけにはいかない
世間話しながら試食を渡して選んでいる
「すごい買い物でしたねぇ」
「はい、家族が多くて」
「何人いるんですか?」
「大人6人です」
「わお、それは大変だ」
そう話してるうち、5個セットの商品を3つと梅ヒジキを購入する女忄生
店員は「6人で分けられるように、あとお買い物頑張ったおねーさんに内緒で2つ!」ともう一パック商品をつけ
「梅ヒジキ食べたことあるんですか?」
「はい、私、ヒジキがすごく好きで」
「それはサービスしないわけにはいかないじゃないですか!」
と、ヒジキは倍量にまでして渡してた
ほんとにどこまで盛るんだよ、入り切らないぞってくらい盛ってた
かなりのサービスだった
セットの商品を紐解いておまけを入れ、袋詰にしてお金を準備している横で、さっきまで俺の隣でスマホ触ってたケバ女とオバサンが別の女忄生アルバイトに注文をしてた
その注文内容は聞いてなかったんだけど、アルバイトが言われたとおりの商品を袋詰して渡すと
「おまけないん?」「あっちはあんのに?」と二人して不躾に女忄生を指差した
店員は飄々と
「彼女はね、サービス宛にしてたわけじゃないし、わざわざうちの品買うために足をはこんでくだすったんですよ
その心意気に答えぬ訳にはいかないんですわ
お嬢さん方(ケバ女とオバサンね)もお買い上げいただいたんで、よかったら試食、食べてってくださいな」
と、売り物の商品を紐解いて、2つ試食として差し出した
ところがケバ女とオバサンは納得せず、五個入りの商品を一つ買っただけなのに、女忄生と同じサービスをしろと訴えてた
「冗談はよしてくださいな、うちも商売できてるんで、同じサービス求めるなら同じだけうちを贔屓にしてもらわんと」
と店員も応戦
結局ケバ女とオバサンは試食をふんだくるようにして食べると、怒りながら駐車場の方に歩いていった
俺も丁度姉が買い物終わったと連絡が入ったので、車を出すために駐車場へ向かった
前にはさっきのケバ女とオバサンがいたんだけど、女忄生のことを叩きまくっていた
ドブスの癖に男に媚び売ってモテると勘違いしてるタイプ
マジ、遊ばれてんのをモテてるとか勘違いしてるタイプでしょ、あれ
わかる、キモいんだって気づいてないw
男は穴があって遊べるやつなら誰でもいいのにw
バカそうな顔してたしそのうちヤリ捨てされるわ
汚い女
どこかで聞いたことあるような悪口がバンバン出てた
エレベーター待ってるだけの間に一度たりとも自分たちのことを反省する素振りもなかった



2018年04月06日 カテゴリ:GJ ・ 武勇伝 ・復讐  コメント:(0)



483: 本当にあった怖い名無し 2014/01/30(木) 23:26:12.94 ID:n9H1pUhw0
プチですが書かせてください。 
その上初投稿なので、なにか不備があったらすいません。 

私自身、生まれつき体毛がほとんどない。つまり簡単に言うとハゲなんです。 
おかげで幼稚園時代から中学を卒業するまでいじめを受け続けて、小3の頃には暴言を吐かれても何も感じなくなるくらいには感覚というか感情?が麻痺してました。 

そして中学に入っていじめはエスカレートして、暴言に無視は当たり前。上履き隠されたり教科書がぐちゃぐちゃにされたり、汚物扱いされたりなどなどしました…