タグ:中学の記事一覧
2017年05月15日 カテゴリ:同僚・友人  コメント:(0)
1:名も無き被検体774号+2012/11/20(火) 15:50:45.65ID:gExy4Sja0
誰かに聞いて欲しい。
2017年05月10日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(0)
796: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2017/03/05(日) 22:32:15.29 ID:XhImO1m6.net
個人的に修羅場だった事。 
長文注意です。 

私が中学生だった頃、他のクラスなのに 
いつも私に嫌味っぽい事を言ったり嫌がらせを何度かしてくる奴(A子とする)がいた。 

そいつはこっちが怒ったり問い詰めたりしても、知らない、何もしてない等とのたまった挙句 
しまいには私が問い詰めた事を先生にチクってこっちが叱られるようにしてきたりする奴だった。 

そんな状態ながらもなんとか卒業式を終えて帰ろうとしたんだが、 
その時担任に引き止められ、A子とA子の親が話があると言っているといわれた。 
私は、その担任はいつも私が幾らA子の嫌がらせの話をしても 
どっちの味方をするでもなくなあなあで終わらす人間だと思ってたので 
一度断ったんだが、それでも食い下がるので今度は何を言われるんだと 
思いつつA子親子が待ってるという校長室に入ると、A子母とA子が二人いた。 
正確には、制服を着ているA子と私服を着ているA子と瓜二つな人間が一人。 
まず母親が私に謝り事情を説明しだしたんだが、なんと今までA子にされたと 
思ってた嫌がらせ等は全てA子ではなくA子の双子の姉(B子とする)がやった事だった。 
上記の事が当時の私にとってかなり修羅場だった。
2017年05月06日 カテゴリ:GJ ・ 武勇伝 ・復讐  コメント:(0)
200:本当にあった怖い名無し2011/12/17(土) 18:07:21.11ID:y4GKdiCt0
オカルト関係ないけど投下。スレチだったらごめん

中学時代の副担任A(3年時)がものすごいクズだった。
気に入ってる子への贔屓・気に入らない子には陰湿な嫌がらせ、可愛い女生徒にはセクハラ・猥褻行為…というテンプレのようなクズ。
さらにうちの中学校は軽い身体障害持ちの子が結構いたんだけど(目とか耳とかの)、その子たちにも酷い嫌がらせをしてた。
妙な言いがかりをつけて「罰だ」と、目の悪い子や耳の悪い子を、その先生の授業の時だけ一番後ろの席に無理やり行かせたり、
黒板に対して後ろ向きで授業受けさせたり…言うこと聞かないと内申悪くするとか脅した上でやってたからホントにタチ悪かった。
しかも担任や校長先生やらに何度も訴えて、父兄たちからもあれこれ訴えられてたにも関わらず、Aはクビにもならなければ何らかの罰を受けた様子も無かった。
校長が「大人には大人の事情が~」とかしどろもどろに言ってたから、事情は今でもわからんままだけど「何か」があったんだろうと思う。

結局卒業までどうにもならなかったわけだが、卒業前に文集(といっても一人一人のプロフィールとか、クラスの皆や先生へのメッセージとかそんなの)
を作ることになり、そのためのプリントを手に取って「先生へのメッセージ」の欄を見た瞬間、クラスの心はひとつになったw
そして担任の協力のもと、こっそり文集を多めに作ってもらい(経費はうちのクラスの皆で出し合ったw)その文集を
Aが確実に家にいない時間を狙って、Aの奥さんと娘さんたちに送りつけてみた。
2017年03月19日 カテゴリ:因果応報  コメント:(0)
395 :可愛い奥様@\(^o^)/ 2016/10/03(月) 22:40:51.99 ID:1XodanE40.net
中学のとき3年の女の先輩がほんとにマンガみたいないじめっ子だった。

1年の教室までわざわざある生徒を見にきて「マジでブス〜ww噂には聞いてたけどマジでブスww」と大勢の前で指差したり
部室でみんなで盛り上がって喋ってたら、たまたま部室の前を通りかかった先輩が「うるさーーい!!」って言いながら部室のドアに穴が開くまで蹴ったり鉄アレイで叩き続けたり
自転車置場で、自分の自転車を出すのに隣の自転車が邪魔だったら「はいコイツ邪魔〜」って思いっきり蹴飛ばして自分以外の自転車をドミノ倒しにしてゲラゲラ笑ったり。

ちょっと頭おかしい?サイコ?っぽいとこがあったから、関わりたくない意味で誰も文句言えなかったけど、その先輩、本命の受験の明け方に火事で先輩の家が全焼した。
放火ではなく古いコタツからの発火で。

時期的にも一番最悪な時だったから、嫌がらせされたみんなの恨みがここ一番の時に来たな…って子供ながらに思った。
2017年03月12日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(0)

367 :名無しさん@おーぷん
中学の時、ちょっと変わった同級生の男の子(A)がいた。
Aは例えば体育の授業でソフトボールをやると、自分がピッチャーじゃないと気が済まない。
他のポジションを与えると大声で文句を言い、思い通りにならないと泣き叫ぶ。
仕方なくピッチャーをやらせれば、打たれると同じようにキィィィィ!!となる。
ドッヂボールをやると執拗にひとりだけ狙った。その子はクラスで一番身体が小さい女の子で
毎回その子を明らかに狙っている。泣かしたこともあった。
その子が可哀想で、みんなで囲んで守ったこともあった。
そして自分がボールを当てられると激高してボールを遠くに蹴り飛ばしたりする。
とにかく我儘で自分勝手で協調性がない。
そのくせ勉強だけは学年トップだった。たぶんこれも一番じゃないと気が済まないんだろう。
今思えばなんらかの障碍だったような気もするが、当時は“勉強はできるが関わりたくない子”と思われていた。
3年生になっていよいよ受験一色になってきた頃、トップが入れ替わった。
これまで不動の一位だったAはトップを奪われたどころか3位だったか4位だったかまで落ちた。
(ちなみにうちの中学は上位20位まで廊下に貼り出していた)
そこから登校拒否が始まった。
先生たちは一生懸命説得に向かっていたが、私たちは正直言って受験のことで頭が一杯だったし
むしろ平和になったわ〜って感じだった。
Aには悪いけど、いつもいつAが癇癪起こさないかとヒヤヒヤしてたから。
結局留年にならない程度には登校していたが、成績はどんどん下がり志望校も滑り止めもダメだったらしい。
以来Aがどうなったか話題になることもなかった。

成人式のあと、中学のクラス会があった。
前以て案内があって、卒業した中学の教室に集まることになっていた。
そこで初めて幹事からAが亡くなっていたことを知った。
幹事も案内状の回収で初めて知ったそうだ。
最初こそ微妙な空気になったものの、次第に久しぶりの再会に盛り上がるクラス会。
その会場に突然知らない女性が現れた。Aの母親だった。
そして誰の案内もなく唐突に挨拶が始まった。

Aが自室で縊タヒしたこと、その時の様子を語りだした。
まるで小説を読んでるみたいに淡々とした口調だったけど内容は生々しくて
出席していた担任の先生が止めようとしたけど振り払って語り続けた。
時間はたぶんそんなに長くはなかったと思う。でもすごく長く感じた。
そして最後に
「あなたたちの誰も息子の悩みに気付いてくれなかった」とか
「たったひとりでも声を掛けてくれる人がいれば」とか
「息子に友達がいなかったのは息子の責任ですか?」とか
なんか他にも私たちを責める言葉を泣きながら吐いて帰って行った。
しばらくシーンとしてたけど、担任の先生が
「黄身たちの責任ではない。俺たち教師の責任だから、お前たちは自分の人生を全うしろ」とか言って
やっと少しずつ場が和らいでいった。

息子を亡くした母親の悲しみは想像でしか分からないけど、
本音を言えば私は先生たちのせいでもないと思う。
先生は精一杯指導してた。
だけど思い通りにならないと癇癪を起こし授業にならない。
生徒はAひとりではないし、私たちは受験生だった。

あの頃、Aに対し、私たちに一体何ができたんだろう。