タグ:戦争の記事一覧
2018年11月19日 カテゴリ:奇妙な体験談  コメント:(0)


573 :拝啓、鬼女様 2015/07/09(木) 09:53:08 ID:hmc
戦争経験者から聞いた話なんだけど

戦争中、なぜか『毎日ラッキョウを食べていれば空襲に遭っても逃げられる』
という話が信じられていて、親に毎日ラッキョウばかり食わされていたらしい。
『あれ何だったんだろうね』って言ったのは戦後しばらく経ってだったとか。
2018年11月09日 カテゴリ:GJ ・ 武勇伝 ・復讐  コメント:(1)


296 :拝啓、鬼女様 2005/09/15(木) 18:04:52 ID:eui4GNxb
俺が中学生の頃、日本史担当の教師が、「日本は戦争責任が~」と授業で
述べた。その女性.教師は、普段から授業でそんな事を言うってのは結構知
られていた。中にはそうじゃないヤツも居たんだろうけど、多くの生徒は彼女
に感化されていたと思う。

んで、うちのクラスでもそんな話をしてたんだけど、その時1人の男子生徒が
彼女の話を中断させた。彼は某国と日本のクォーターだった。普段からあん
まり喋る方じゃなかったんだけど、その時は全然違ってた。

生徒「俺のじいちゃんは、日本の兵隊に優しくしてもらったって言ってました。
皆礼儀正しく、差別もしない人達だったって」
教師「でも、酷いことも…」
生徒「後から来た、アメリカの方が酷かったって言ってました」
教師「貴方のような考えの人もいるかも知れないけど、それはごく一部で…」
生徒「ごく一部じゃ駄目なんですか?」
教師「そういうことじゃなくて…」
教師「俺のじいちゃんの国は凄く小さいです。他の国に比べれば全然重要
じゃないかも知れないけど、日本人は、そんな国も大事にしてくれたって言っ
てました。戦争の時、仲良くした日本兵はみんな笑って出掛けて行って、誰も
帰ってこなかったと言ってました。国旗も日本を真似ました。みんな、日本を
尊敬しています」

このとき初めて、パラオという国を知った。それと同時に、遠い南洋の島を守っ
て果てた、多くの日本兵の存在に泣けた。

2018年03月23日 カテゴリ:衝撃的な話  コメント:(1)



888: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/05/10(土) 02:09:39.85 ID:ktvrBgn5.net
アメリカ人の爺さんがボケて、頭の中がベトコンの頃に戻ってしまったこと。

90も近いのに仲間を助けに行くと言って近所の山に入ってしまった… 
幸い1日で見つかって連れ戻したけど、爺さんの仕掛けたトラップによる怪我人が複数出てかなり大変だった。

しかしトラップの見事さと足跡や匂いの消し方から言って、やっぱりこの爺さん特殊部隊の出なんじゃないかと思う。

犬が途中で追跡できなくなるぐらいだし、元レンジャーのおっさんも1回完全に撒かれた、というか90間近の爺さんの動きじゃない… 

昔の戦争の話を聞いても殆ど有耶無耶にしてかわされるから海兵隊だったことぐらいしかわからないけど、勲章は結構な数を持ってたし只者じゃない。

まぁこの事件の時に川に飛び込んだりしたせいで、肺炎おこしてもうウロウロ出来るほどの体力も残ってないけど。

記憶ってのは怖いね、肉体の限界すら超えた動きをさせてしまうんだもの。
でもこの頃から眠ると、多分亡くなった仲間の名前を叫んで飛び起きることが増えて大変だったけど、本人はもっと大変だったんだろうなと思う。


今まで生きてきて凄く衝撃的だった体験 115度目
http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/kankon/1397965401/




2016年12月18日 カテゴリ:ほっこり・ほのぼの  コメント:(0)

402: 名無しさん@おーぷん2015/11/25(水)11:21:41 ID:XDn
祖父の写真を見つけて、衝撃を受けた話。

私の祖父はモダンな人で、戦前の農村でバイオリンを習うような優男(親戚談)だった。
手先が細かく、カメラや時計の修理や裁縫なんかも得意だったそうで、変わった人だと言われていたらしい。
背丈はあったがぜんそく持ちで、終戦間際まで徴兵を免れていたものの、村で一番の庄屋さんの長男が
お国のために行かないなんて、と非難されて、泣く泣く出兵。
手先が得意だからという理由で飛行機の整備をやらされたりしていたらしい。
その後、南の島で自分の隊が全滅し、たまたま伝令に出ていた祖父だけ生き残って捕虜に。

が、祖父はすごく社交的な人だったので、イギリス兵とすぐに仲良くなり、服を縫ってやる代わりに
英語を教えてもらうようになった。
もちろん当時は非国民!と罵る人もいたそうだけど、そのうち双方から認められて
他の日本兵捕虜とイギリス兵の間の橋渡し役として活躍したのだそう。

日本に帰還した兵士のほとんどが、ぼろぼろの軍服でうなだれて帰ってきたそうだが、
祖父は別れ際にイギリス兵にもらった白に金ボタンの礼服wでさっそうと佐世保港に現れ、
迎えに来た親族の度肝を抜いたそうだw


この前の連休に帰省した時に、祖父と同じ収容所にいた人の身内からそんな祖父の思い出話を聞いて
その後、蔵の掃除をしたら、終戦直後の祖父のアルバムが出てきた。
アメリカ兵が乗るハーレーのサイドカーに祖父がちょこんと乗った写真とか、例の白い礼服を着た祖父の
得意げな写真とか、アメリカ兵に混じってビリヤードをする祖父の写真とか・・・
英語ができるということで、終戦直後にまた色々と人脈を作って可愛がってもらっていたらしい。
ここまで書いたら本人特定されるかな?
この写真テレビに出したらすごく受けそうだなぁと思ったw