タグ:母の記事一覧
2021年11月09日 カテゴリ:愚痴・相談  コメント:(0)


446 :拝啓、鬼女様 2016/08/23(火) 22:09:24 ID:DKbkePsF.net
自分というか母に起こった事だから若干スレチだけど書かせて。

50代後半(独身、奥さんとはタヒ別)の部長から呼び出されて、何かしたかな?と怯えながら向かったら、
なんと、私の母(50代後半)に一目惚れしたから紹介してくれ、と。

ある休日にショッピングセンターで買い物している女忄生を一目見て好きになってしまったけど、声はかけれなかった。
暫くしてまた同じショッピングセンター内で私と歩いているところを見て私の母親だと分かった。
私の父親が病タヒしているのを知っている部長は、独身だ!チャンスだ!と思ったらしい。

父が亡くなって早10年、まだまだ長い人生、母にも誰か良い人ができたら…とは思っていたけど、まさか自分の上司?!と思って母に何て話そうか悩んでる。

決して母は若く見える、とか、美人ではなく普通のおばちゃん。
若い頃の写真を見ても決して美人ではないけど、父との馴れ初めも、母が友人と食事していたところ、隣の席に父が友人とやってきて、父が母に一目惚れしてナンパ。

娘の私は20代後半なのに1度も一目惚れなんてされた事ない。
2021年10月26日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(0)


399 :拝啓、鬼女様 2019/08/25(日) 17:07:43 ID:0oL13H1z.net
長いです。ごめんなさい

うちは兄と私がまだ小さい頃に両親が離婚した。原因は母の浮氣
母は浮氣相手と結婚したいばかりに私達を父に託して家を出た
父は子煩悩が服を着て歩いているような人で、自宅を兼ねたアトリエ(借家)で仕事をしていたので
貧乏だったけどまったく寂しくはなかった
むしろ赤ん坊だった私を父に任せきりで出歩いてばかりいた母よりも父の方に二人とも懐いていた
それでもたまに母は家に来たり外であったりと、親戚のおばさんみたいな関係を続けていた
母は子供の私から見ても美人で、いわゆる美魔女というタイプ
グラビアに出たこともあり、父と離婚してから3回も結婚している(子供はいません)
もう50を過ぎているが、実業家と結婚して、都内の一戸建ての家に住んでいる
兄も私も成人して仕事に就き、一人暮らしを始めてもう数年が経つ

先日、仲が悪いわけではないが普段はあまり連絡を取ることもない兄から連絡があり
結婚するので両家親族顔合わせに出るようにとのこと
そして昨日、指定された乚ストランに向かった
兄の結婚相手にも興味はあったけど、忙しくて春から会えてなかった父に会う方が楽しみだった
父に渡す手土産を片手に到着したら、そこにいたのは母とその再婚相手で、父の姿はなかった
事情を聞こうと思ったが、全員揃っていたので、とりあえず空気を読んでその場をやり過ごした
会食の間中、母の再婚相手は私達の「父」として振る舞っていた

(長いので切ります)
2021年10月22日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(1)


286 :拝啓、鬼女様 2013/11/23(土) 19:59:02 ID:7sC3tjr7
よくあるかもだけど、姉の反抗期が修羅場だった
高校生になったら急に態度がツンツンとして
私を無意味に叩いたりだとか帰りが遅くなったり
母にはババア、父にはジジイ、という風に言葉使いも悪くなった
で、その度に両親がたしなめたりしていたんだけど治まらず…
ある日、今日も今日とて夜遊び帰りだった姉が風呂上がりの父を見て
「汚ない親父の入った後の風呂なんかには入れない」と吐き捨てた
父は工場勤務で空調なんてのは意味のないような環境で
働いているからか、確かに少し臭いはしたけれども
父が汗水流して働いてくれてるからそうなんだって小学生の私にも理解できていた
2021年10月14日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(0)


555 :拝啓、鬼女様 2013/11/10(日) 11:12:16 ID:e1iHCIHP
母親と2人で旅行に行った時、地元の人に勧められてその地域特産の牛肉料理が出るお店に行った。
有名らしくて凄く混んでいて並んでから席について料理が来るまで2時間近くかかったと思う。自分は
その頃には猛烈にお腹が空いていて出された料理を「美味しい美味しい!」と言って食べていた。
ところが母は1口食べた後、無言になって考え込み通りかかったウェイト乚ス呼んで「これ本当に○○牛なの?」と
聞いた。ウェイト乚スは驚きながら「そうですよ?」と答えて去ったが、その後すぐにウェイト乚スのリーダーっぽい
おばさんと店長らしき人がやって来て「何か味に問題でもあるのでしょうか?」と母に尋ねた。
「以前食べた○○牛はもっと柔らかくて口の中でとけるような感触だった。でもこの肉は固いし筋張っている気がする。
だから気になって聞いただけ。本物ならいいの」と答えたが店長は顔は笑ってるけど明らかにムっとしており
「偽者だと仰りたいので?」とか「お気に召さないのでしたら作り直します御代は結構ですけど?」と「もう結構ですから」と
言っているのになかなか引き下がらない。
そのうち母親もイラッと来て「本物かどうか一言聞いただけで何でこんなに威圧的な態度取られないといけないの?
安心して。味以前にその態度が気に入らないから2度と来ないから!」と言い返して追い払いさっさと食べて店を出た。
(会計はした)
それから3ヵ月後、その店が安い牛肉を○○産の高級肉と偽装して乚ストランで出していた事が判明し、社長が逮捕された
と言うニュースが流れ、同じモン食べてるのに母と自分で何故こうも違うのかと衝撃受けた。
2021年09月27日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(3)


8 :拝啓、鬼女様 2019/09/06(金) 13:05:06 ID:GE.gb.L1
小学校に入学したばかりの時の話。
初めての授業参観があり、それにあたって自己紹介カードを書くことになった。
まず始めに担任の先生がお手本を書くことになり、みんなに見せていた。その先生が書いたお手本には好きな食べ物の欄に「すてえき(ステーキ)」と書かれていた。
当時、外食にもあまり言ったことがなかったのでステーキの存在も知らず、もちろん言葉も聞いたことがなかった。
そのため、先生に「先生、「すてえき」って何?」と尋ねた。すると先生は「お肉を焼いた食べ物のことだよ」と答えた。
それを聞いた私は、「ステーキ=普段食べている焼肉(普通に市販のタレで味付けされてるようなやつ)のかしこまった言い方」だと解釈。自己紹介カードの好きな食べ物の欄に「すてえき」と書いた。
そして、授業参観の日が来た。私の母親は何故か険しい顔で私の書いたカードを見ていた。「あんた、ステーキなんて食べたことないのになんで書いたの?」と一言。
「先生が肉を焼いたもののことをステーキと呼ぶって言ってたから書いた」と正直に言ってその場では終わった。
その後、親が懇談会を終えて帰ってくるなり私のほっぺを平手打ちした。
なんでそうなったか分からず、涙目になりながら「なにか悪いことしたの?」と聞くと、
「なんで食ったこともないステーキを好きな食べ物のところに書いた!?」と怒鳴ってまた平手打ち。
ギャン泣きする私に気づいた祖母が駆けつけてその場を宥める。が、祖母の見えてない場所では平手打ちをくらったり、むこうずねに蹴りを入れられた。
お風呂でもビンタされまくりの怒鳴られまくり。夜も早く寝たいのに、何回も入眠する直前に起こされてビンタ、ビンタ、ビンタ。
私の口調を真似して「すきなたべもの、すてえき」(バチン!)「なんでそんな事書いたんだよ!」(バチン!)とまるで拷問にかけられたかのような気分だった。
何度説明しても問答無用で平手打ち。なんで怒ってるのかすら理由はわからなかった。
最終的に、母が「余計なこと教えた○○先生(当時の担任)に「なんでステーキの説明をそんなふうにした!?」って怒ってくる」と電話の子機片手に私のお腹を踏んずけたため、
「先生を怒らないで!」と縋った私に母が最大レベルのビンタを放ち、私は鼻血を出しながら気絶して終了。翌日の学校は休んだ記憶はあるが詳しくは覚えてない。
大人になった今でも、ただの焼肉のことを「ステーキ」と書いただけであんなに怒られる意味がわからない。「見栄を張るな」ってことなのかな?
でも、鼻血出すまで毆ったりするほどのことでもないような気もするけど...。
ちなみに母親が虐侍してるとかじゃないと思う。普段はおちゃらけた、ちょいウザ絡みして迷惑だけど優しい感じなんだけどな。
体罰食らったことはこの時以降もあったけど、友達と喧嘩して私が悪かった場合とか勉強サボって成績不振になった時とか、私に非がある時に限ってだった。体罰と言っても平手打ち数発のみ。
とくに非がない(と、私は思ってる)のに人生で最大級の体罰を小一でくらったのが本当に分からないし、理由も怖くて聞けない。
それとも、対して非がないという風に思ってる私の感覚がズレてるのか?と不安になってきてる今日この頃。
2021年09月16日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(2)


20 :拝啓、鬼女様 2020/04/19(日) 18:02:12 ID:TD+q56d0.net
俺が小6のとき民家がまばらな田舎で祖母(父の母親)が百メートルくらいの所に一人暮らししていた
祖母は母に家の掃除や食事、親戚や友人が集まった時の準備と後片付けなどをさせ、まるで奴隷のように扱っていた

ある日の夕方、母が帰宅した所を玄関で出くわした
また祖母の所にご飯を持っていったのかと思ったが持っていったはずのご飯を持ってたし
何となく母の様子もおかしかったような気がした

次の日に祖母が遺体で発見された
心筋梗塞だったらしい
その後、俺の家に刑事さんが来た
初めて刑事さん(制服ではない警察官)を見て驚いた
そして俺もいくつか質問されたが覚えているのは
「お母さん、昨日はお婆ちゃんの家に行かなかったの?」と聞かれた
この時、なぜかとっさに「行ってないと思う」と答えた
2021年09月06日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(0)


464 :拝啓、鬼女様 2021/07/30(金) 19:56:22 ID:kQ.4l.L1
俺の家は両親が共働き。
母は俺が小さい頃父より給料少なかったらしい。
父は趣味を自営業にしてそれなりに稼いでたそうだ。
俺が小2だった頃、母に対して父が「俺が稼いだ金を好きにしようと何が悪い!」とキレまくっていた時期があった。
俺にとっては何でも買ってくれる社長のお父さん凄い!って感じだったんだが、そんな偉大で立派な父がお金の事で母にそこまで怒っている意味が分からなくてガッカリしたのを覚えてる。
母はその頃から会社員に復帰して家事もやってくれた。
そして俺が就職して結婚して、妹や弟もそれに続いた頃、母は実家に帰ると交通費は要らないと言ってるのに
嫁や旦那に家族分渡そうとしたり、俺の子達に好きなもの買ってくれてやたら羽振り良く心配になってこっそり聞いた。
「実はあんたが成人した後からとっくにお父さんの年収超えてて、老後の資金は貯まってるの。
今は趣味で働いてるし私も家事育児で友達も少ないから、お金たくさんあるのよ」
って給与明細見たら今の俺じゃ行き着くまでに何年掛かるか分からない金額。
定年までまだあるし、更に退職金もあるから心配しないで。って。
俺一人が安心しても仕方ないから弟と妹も呼んだ。
名刺やら給与明細やらボーナス明細表やら見せて漸く納得した。
そこで、何でお父さんと離婚しなかったの?ってやっと聞けた。家事もしないし仕事しかしない。
そう聞いたら、俺が小二のあの楺めていた時期、父の事業が今後一切給料が上がらない事を予感してた母が疑問に思って指摘したそうだ。
父はそれに気付かなかった。
自営業で一人営業、どう考えても時間は足りないのに競争相手は居る、いずれ大企業がコストダウンを始めたら打ち止めどころか借金まみれになるぞと母は言った。
父はそれに対して品質で勝負をしてる、お客様第一でやってる仕事だから一生顧客には困らないと断言してて譲らず。
母は忄生能よりも量産体制の方がずっと安定してる、品質がいくら良くても一ヶ月に一回の納期なら
安くてそこそこのすぐ買えるものを買うのが本来の顧客のニーズだと言い返したそうだが納得しなかった。
今後インターネットで物が買える時代になったらどうするつもりだと言うと父は、当時PCが高価だったからあんなものが一般家庭まで普及する筈無いだろう!そんな事があるか!と言ったらしい。
母は将来破綻すると見越してて会社員に復帰したそう。
その後母の言った通りになり、大企業が大幅なコストダウン。
父の会社は品質は良いが後は母の言う通りで、安くてそこそこの他社の製品を見た父が項垂れてるのを見たら鬱憤が消えたそうだ。
母はそれを見て自分の言ってる事は間違って無かったと自信がついて自分の会社でそういう体制を築けたそう。
父のおかげで今の私の地位があるから、もうお父さんの事は良いんだよ、昔と給料変わってないところを見ると常連さんがまだついてるみたいだから
そのお客さんのために頑張ろうってやってるらしい。

色々と衝撃だった。
母が稼いでいることもそうだが、一番衝撃を受けたのは
父の作ってるものは確かに忄生能は凄くいい、材質も何もかも拘ってて凄く綺麗な製品。
触ってみると滑らかで指の引っ掛かりも無い。
対する大企業の製品は父のと価格がほぼ変わらないのに、角が取れてなくてバリはあるし忄生能もかなりイマイチ。
この製品を実物で見たら俺は父の製品を買うと思う。
だけど写真で見ると他社のものと同じなんだよ。
Amazonでこの二つの写真を並べられてどっちを買うか?ってなったら俺は次の日に届く方買うと思う。
母に言われて今の俺の仕事を振り返ると俺は全く父と同じ事をしてる。
思いもよらないところに仕事の大先生が居て、母に相談したい仕事の案件が山ほどある。
2021年08月28日 カテゴリ:結婚・恋愛  コメント:(0)


229 :拝啓、鬼女様 2021/01/14(木) 02:37:49 ID:3XI
うちの両親が結婚する時、母の実家に結婚の挨拶に行った
クリスマスだった
インターホン「ピンポーン」
祖母(母の母)「はーい、いらっしゃい、待ってたのよ」
期待と好奇心で一杯の祖父(母の父)、叔父と叔母(母の弟妹、当時大学生)
猫(当時7歳、キジ)
の4人と1匹が玄関に勢揃いして、ドアを開けた

そこ立っていたのは、キリッと一番いいスーツを着た父27歳、ワンピースの母26歳
父の頭にはトナカイの被り物、母の頭にはバニーガールのウサギの耳
「メリークリスマス!」
吹き出して膝から崩れ落ちる4人、猫はびっくりして逃げだす

ずっと後になってその時の写真(叔父撮影)を見た私
「クリスマスなのに、なんでお母さんはバニーちゃんだったの?」
母「順序が逆、バニーは私が会社の忘年会でもらったの
弟妹を笑わせてやろうと思って、お父さんに『私これ被っていくね』って言ったら
変な対抗意識燃やしちゃって、次の日トナカイを買ってきたの」

以来、正月に母実家に行く時は(クリスマスに行ったのは上記の時だけ)
両親は「何のネタを仕込んでいくか」で1カ月くらい前から話し合っている
私がよく覚えているのは、ジャイアンツファンの祖父母のための
お正月用の「ジャイアンツ祝い箸」(箸袋にジャイアンツのロゴが入っている)
祖父母は「素晴らしい!」と目をキラキラさせていたけど
叔父と叔母は「正月から、くだらなすぎるwwww」と悶絶していた
毎年リクエストされてたけど、いつの間にか売られなくなってて残念だった
2021年07月26日 カテゴリ:その他  コメント:(0)


60 :拝啓、鬼女様 2020/12/08(火) 02:55:34 ID:H1E
母がサスペンス小説でころされる役になった話
フェイク満載なので、オチもないし検索してもヒットしません
あと、すっごくまぎらわしいので注意

30年も前のことで、インターネットも携帯電話も普及してない頃
母は当時というか今もフリー編集者をやっている
ある時、雑誌の企画でスポーツに関する特集をすることになって
母は何人かの、スポーツライターやスポーツ好きな作家に原稿を依頼した
ネットがないから、面識のないライターや作家に連絡するには
「日本ペンクラブ」や「日本文藝家協会」等の文筆業の名簿を使った
そしてスポーツライターの「佐藤一朗」(仮名)さんに原稿を依頼しようと
企画書と依頼状を郵便で送った
2021年07月13日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(0)


652 :拝啓、鬼女様 2015/07/12(日) 18:44:05 ID:5MU
長い長い吐き出しすみません。

隣県にある母の実家は自営業だけど経営は順調で裕福だった。
祖父母はいつも色んなものを買ってくれたし、帰り際にはお小遣いもくれた。
だから母の実家に行くのはいつも楽しみだった。
だが、小学6年の時が最後になった。
その日、妹と一緒に母に連れられて3人で行った。
父は仕事があったし、3人で行くのは割とよくあることだった。
3連休に2泊の予定で出掛けて、最後の日の朝のこと。
母が僕と妹を前に「大事な話がある」と言った。
「お母さんはもう家には戻らない。お父さんと別れる。あんたたちはどうするか今決めなさい」
何を言ってるのか分からなかったから「どういうこと?」って聞いた。
妹も訳が分からないふう。
「お母さんはこれからここで暮らす。そのつもりで出て来た。
だからお母さんとここで暮らすか、帰ってお父さんと暮らすか決めなさい」
あまりに突然の事だったから、テストか何かの答えを求められてるみたいだった。
僕も妹も「帰る」と答えた。
母が言うことがいまいちピンの来なかったってのもあるけど
このままここで暮らすってことは、もう友達には会えないってことだし
皆と一緒に同じ中学には行けないってことだ。
妹も同じ気持ちのようだった。
祖父母も全く聞いてなかった話だったらしくて、
特に祖父が大声で怒鳴ってるのが聞こえた。
「騙し討ちみたいなことをするな」みたいなこと言ってた。
それから祖母に連れられて家に帰った。
父は子供の僕たちから見ても強いショックを受けていた。
当然だと思う。
だって母の実家に行く前日まで、普通に仲の良い4人家族だったから。
それから何日かは、僕と妹は伯母(父の姉)の家に預けられて
なんか楺めてたようだ。
でもその日以降最近まで母には一度も会ってない。
正直母のことを信用できなくなっていた。
と言うのも、実は母の実家に行く数日前まで結構頻繁に
父と母がHしてたの知ってたから。
僕んちのマンションはそう広くないし、夜中に目が覚めた時に
かすかに聞こえる声で知ってた。
親が仲がいいのは嬉しいけど、そういうの知りたくないっつーか嫌だった。
直前までちゃんとやることやって、ある日突然って言う作戦めいたことが
裏切りのように思えて、母の事を汚いって思った。
それから僕の家は父子家庭になって、僕は中学生になった。
入学してすぐに母から贈り物が届いた。
入学祝。
僕は開封せずに自分で宅配便で送り返した。

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