タグ:毒親の記事一覧
2026年07月17日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(1)


514: 名無しの心子知らず2006/08/20(日) 15:56:17 ID:1+SfCNAZ
長文ですません。 

先日、用事でとある親戚の家に行った。 
そこの家族は奥さん、旦那さん共に40過ぎて結婚。 
夫婦は自称元ヤンキーで、その過去がものすごく名誉らしく、よく自慢している。 
現在4歳の男の子がいる。 
名前のことはあまりいいたくないけど、いかにもなDQNネーム。 

私が親戚の家につくと、子供の泣き声が。 
もう尋常じゃないくらいの叫び声。 
「うわあああああああ!!!!!!!いやああああああああああ!! 
なんでも言う事きくからああああああ!!やめてええええええええ!!」と。 
何事かと思ってたら奥さん登場。 
「あ、いらっしゃ〜い♪ちょっとうるさいけどごめんね〜w」と。 
「どうしたの?子供が悪い事でもしたの?・・」と聞こうとすると、子供がとなりの部屋から顔をチラっと出して 
「おばさん!!??おばさあああああああああん!!!! 
たすけてえええええええ!!!イヤあああああああ!!ぎゃああああああ!」と。 

そのまま旦那さんに奥の部屋に引きずり込まれた。 

ちょっと何事かと聞くと、どうやらピアスを開けさせているらしい。 

続きます。 
 

2026年06月06日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(0)

同棲にあたって彼氏の親に戸籍謄本を見せろと言われた

1: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/08/01(月) 20:52:57.52 ID:ek9ntnU9.net
私26 
彼氏21 

私に結婚願望なかったけど同棲するにあたって彼氏に親に紹介したいと言われた 
だいぶごねたけど覚悟を決めて挨拶に行った


2026年05月15日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(1)


339
: 本当にあった怖い名無し 2011/12/27(火) 20:03:36.73 ID:We4Qn1sj0
私は左足のかかとから腿にかけて二度のやけどの跡がある。 
兄は片耳が聞こえない。右目の視力は0.01くらい。 
妹は右手の薬指と小指が動かない。



2026年05月10日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(1)


927: 1/3 2010/10/11 18:24:58
年の離れた兄の結婚式の事。 
当時私は14~5歳で、母に 
「ちょろちょろされると邪魔だから後からおいで」と言われてタクシー代を受け取った。 
そして母から渡されたドレスを着て会場へ。 
タクシーの運転手さんに行先を告げると 
「可愛い花嫁さんだねぇw」と褒めてもらったので有頂天だった。 
結婚式自体が初めてだったので、あんなきれいな服を着たのも初めてで… 

会場に入ると、ロビーに居た人たちがパッとこっちを見た。 
最初「服が奇麗だから見てるんだ!」と誇らしげな気持ちになったが明らかに違う。 
あれ…となってたらその内の二人がつかつかとこっちに来た。 

後で知ったけど、ロビーに居た人は新婦親族で 
その二人は新婦伯父叔母。 
そして私に「一体何のつもりなんだ、この服は?」と怖い顔で詰め寄ってきた。 
私は全く意味が分からず茫然としてたんだけど、 
離れた所にいた自分の叔母がすっ飛んできた。 
そして新婦親族が叔母に何か怒ってる。叔母も平謝り。 
結論から言うと、私の着ていた服は多少地味目ではあるけども 
今思えば完全にウェディングドレスです。本当に(ry 

騒然となるロビーに家の両親も駆けつけてきたんだけど 
母は私を見るなり私に抱きついて 
「いいのよ、A子ちゃん!いいのよ!」と泣きだした。


2025年12月16日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(0)

661: おさかなくわえた名無しさん 2013/12/07(土) 14:37:14.10 ID:JwCacJuP
双子で生まれて兄に先天性の障害&病気があったもんで 
両親が「2人も育てられないし健康な弟が身近にいたら兄が可哀相」と 
俺を遠方の祖父母に預けた 
そこから一度も会いに来ないまま10年以上経過 
祖父母が病気で俺の面倒を見られなくなったら 
今度は子どもがいない夫婦に養子に出された 

両親曰く「自分たちに何かあった後、双子兄に残した財産をかすめ取られてはたまらないから」とのこと 
幸い養子に行った先の両親がものすごくいい人達で今はどっから見ても普通の親子 
よく父親似と言われるくらい 

大学まで出してもらって目指していた仕事にも就いた 
今は仕事の都合で養家を離れてるんだが 
先日、養家に実母から「俺に会いたい」って連絡があった 

双子兄は去年亡くなったとのこと 
正直、顔も知らない実両親と今さら関わりを持ちたくないが 
双子兄のことを考えれば実両親の選択もやむを得ないことだったとも思うし 
双子兄に手を合わせたい気持ちもあるので会うことにした 
これから行くんだが今の心境がものすごい修羅場 
緊張というか怖いというか 
書き逃げごめん

2025年11月02日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(0)


768: おさかなくわえた名無しさん 2009/07/14(火) 01:29:44 ID:Sz0CHrYx
夜中にこっそり長文を貼ります。怒らないで。 


高校の時、母親が病気で亡くなった。 
父は弱い人だったのだと思う。 
苦しむ母親から目をそらして、他に恋人を作って、母親が亡くなると家を出ていった。 
「高校卒業までは面倒をみる。その後は自力で暮らしてくれ」 

受験も追い込みに入る3年生の秋、わたしはこうして独り暮らしを始めることになった。

わたしの通っていた高校は進学校で、ほぼ100%の生徒が大学を目指していた。 
わたしだけ、大学受験という目標は消えた。 
授業料や家賃や光熱費は父が負担していた。 
生活費は送ってもらえなかった。 
どこを探しても家にはお金がなかった。 
父の新しい相手は他人の奥さんだった。きっと慰謝料のために何もかも持っていったのだろう。

2025年08月15日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(0)


887: 名無しさん@お腹いっぱい。2015/11/11(水) 02:47:59.62
婚前からモラハラとわかった上で結婚したんだが、耐えられなくなりモラハラをやめるよう言った 
すると、「貴方はこの性格を知った上で納得して結婚したんでしょう。治すつもりはありません。嫌なら別れます。」と言って離婚届を書いてしまった 
嫁は高学歴高収入美人で家事も完璧 
モラハラ部分以外は本当に良くできた女だ 
だから俺は別れるつもりで言ったわけじゃないんだ 
でも嫁は治すくらいなら離婚すると言う 
離婚せずに治させる方法はないのだろうか 


2025年08月05日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(0)


373: おさかなくわえた名無しさん2012/06/01(金) 17:23:17.96 ID:mJbD6B4T
何も悪いことしてないのに、警察がマンションの窓から踏み込んできた。 
いまだにトラウマ…。(;´Д`) 

2025年07月25日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(0)

872: 名無しさん@HOME 2009/02/20(金) 14:46:48
ネタだと思って、私の呟きを聞いてやってください。 

関係者には全員【元】がつきます。 

私の親は、時代錯誤も良い所で、私に決まった婚約者を押し付けてきました。 
って言っても、お嬢様ってわけではなく、普通のサラリーマンの家。 

ただ、「この家と家族ぐるみで付き合ってて、将来男女が生まれたら結婚させるの!」って言う、 
言葉だけの約束が、その内本気になったって感じでした。 
私は、高校を卒業と同時に、大学も行かせてもらえず、結婚させられました。 

当日まで、本当に抵抗はしました。 
当時、ラブラブだった彼氏がいたので、逃げる準備をしてたら、ほぼ自宅で監禁状態。 
彼氏は、何度も迎えに来てくれ、両親を説得しにきてくれましたが、門前払いでした。 
キレて泣いて、ドアも壊す勢いで怒り狂ったのに、 
「お前の幸せのためだ!いずれ感謝する!」 
と、父に見張りをたてられました。 
結婚式当日は、父が雇ったガードマンみたいなのがいっぱいいて、 
私が逃げ出さないようにしていました。 
本当に、狂ってるとしか言いようがありません。 

そんな状態ですから、絶対に愛情がうまれるはずもなく。 
しかも、夫は、 
「嫁子がホレて嫁いできた!」 
と、勘違いし、浮気し放題。 
トメも、クソトメで、馬車馬のように働かされました。 

そんな事を、両親に訴えても 
「そんなの何所の家でも当たり前よ。」 
「我慢しなさい。」 
で、終了です。
 
2025年06月08日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(0)
17: sage 2014/06/01(日) 22:22:39.08 0.net 
小学校4年の終わりくらいに母親が自サツした。
理由は父親の浮気。

母親はもともと精神的に病んでた人で
多分父親もそれが重荷になってたのかもしれん
家にはあまり居なかった

小5で父親が不倫相手と再婚。
母親が自サツしたことが小学校に知れ渡っていじめ生活 
同時に再婚相手からの虐待生活がはじまった。
中でも男子からのいじめが激しくて
小6に上がる頃には異性恐怖症になってた。 

そんなんで中学校は勉強しまくって私立の女子中に入学。
学校生活は問題なく女子校特有のドロドロは
あったものの家にいるよりずっと気が楽だった。 

中3あたりでは父親と再婚相手の折り合いが悪くなってて高校に上がるくらいに離婚、父親は仕事の関係もあって単身赴任。だだっ広い家で一人暮らし生活開始。ちょう有意義 

高校は中学校私立にしてもらう代わりにこそこれレベル高い高校に行かないといけなかったため共学の公立に入学。勉強がひたすら難しくてついていくのにやっと。でも不思議と友達には恵まれた。 

その頃には一人暮らしも慣れてたし部活はもともとする気なかったからバイトかけもちし始めた。勉強と家事とバイトいっぺんにやりこなさないといけなかったけど忙しさが逆に心地いい。たまに、周りの子見て自分の枯葉っぷりがつらくなるけど。 

ほとんど休みない生活しえ高2あたりでまれつき持ってた喘息が悪化したのか肺の機能がタヒにかけて入院。入院費と治療費で貯金がほとんど消えた。でも回復してまた働けばいいやと思ってポジティブに考える。 

入院は半年くらいかかってギリッギリで高3に進級。体力が戻り出してからは前みたいに毎日休まずバイトして勉強して家のこともした。何回か入退院繰り返した。 

そんで、高3あがってまだ半年もしないうちに医者から今の状態だと負担ばかりかかえて肺が完全に使い物にならなくなると言われた。でも、今の生活やめちゃうと野垂れタヒに確定だし、で修羅場。←今ここ

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