タグ:祖母の記事一覧
2017年04月13日 カテゴリ:家族  コメント:(0)
360: 名無しさん@HOME 2011/10/25(火) 13:27:04.59 0
母の話 

「嫁が派手な服を着るなんて品が悪い」が口癖だったうちの祖母 
母は赤とかオレンジとかが似合う人なんだけど、ただのセーターとかトレーナーとかなのに言われてた 

親戚が来て、祖母と一緒に出掛けようという 
親戚の前ではお上品な祖母 
祖母がクローゼットから一張羅をとっかえひっかえしながら 
「どれだと品がいいかね~」とやってるところに 

「風呂にも入らない人が品を気にするんですか?」と 
母が大きな独り言(本人談)

祖母は極端な風呂嫌いで、夏場でも半月入らないとかザラ
家族の誰が言っても聞かないのを、ポロっと親戚のいる前で言っちゃったもんで
祖母赤面しながらトイレに籠城


母は
「嫁子ちゃん、よく我慢してたねえ…私も話しながら、臭くって…」
って親戚からも慰められた
私は他のことしてて別の部屋にいたから、現場を見れなくて残念
2017年04月03日 カテゴリ:修羅場  コメント:(0)

421 :名無しさん@おーぷん

今修羅場。
じいちゃんがガンかもしれない。
昨日の昼間にじいちゃんに電話したら出なくてそのあとばあちゃんから留守電入ったのに今さっき気がついて聞いたら「おじいちゃんは肝臓ガンができたので帰れません」って聞こえた。
もうばあちゃん寝てるだろうから明日電話してみるけど落ち着かなくて寝られない。
ばあちゃん滑舌良くないし、もう一回聞こうとして間違えて消しちゃったから、聞き間違いであることを願ってるけど、なんの聞き間違いか思いつかない。
どうしよう。
こんなとこに書くしか思いつかない自分が情けない。
スレ違いな気もしてきた申し訳ない
すぐ消えるから吐き出しだけ許してください
2017年03月21日 カテゴリ:怒り・ムカ  コメント:(0)

142 :名無しさん@おーぷん

昔、夫が慕っている父方の祖母に婚約の報告に行ったことがある。
そこは徳島の藍染の町で、婚約のお祝いにと反物をプレゼントしてくれた。
そして和裁が趣味の私の祖母が、それで浴衣を縫ってくれた。
その後結婚してふたり子供を産んで膨らんでサイズ的に着られなくなって、
袖を通したのは5年ぐらい。
仕立て直せばいいんだけど、ふたりの祖母が他界してしまって
なんとなくそのまま残しておきたかった。
いつか娘が着ればいいなと思ったし、藍染だから落ち着いた柄だし。
その大事な思い出の藍染の浴衣、勝手に弟嫁が和箪笥から抜き取って行った。
その少し前、借りたいって言われて断った。これは大事なものだからって。
なのに子供連れて遊びに来た時に、たまたま義母から電話があって話してる隙に持ちだして
車に先に積んでたらしい。やり口が完全に泥棒だ。
しかも着用したあと、クリーニングにも出さずに畳んで元の場所に戻していた。
私が気付いたのは本当に偶然で、うちの和箪笥は造りが良すぎて引き出しを閉めると
別の引き出しが手前に出て来る。それを押して閉めると別の引き出しが出て来る。
きちんの閉めるにはコツがあるんだ。
持ちだした時には気付かなかったけど、戻したときに引き出しが歪に2ヶ所出てたので気付いた。
その時にピンときて浴衣を見てみたら・・・と言う流れで発覚。
弟嫁を問い詰めたらあっさり白状、と言うか貸してくれない私が悪いみたいな言い方。
クラス会があって、いい浴衣を着て出席して気取りたかったらしい。
弟に猛抗議して、弟嫁の小遣いからクリーニング代を出させ
我が家への出入りを今後一切拒否した。(子供は別)
それから数ヶ月経って、クラス会ではなく男と会ってたことが分かった。
弟は離婚。弟嫁は親権を欲しいと言わなかったことだけは評価した。
なんかふたりのおばあちゃんが弟嫁の浮気をあぶりだしてくれたような気さえする。

でもね。
あの弟嫁が一度でも袖を通したと思うと、例えクリーニングしても
不快感がぬぐえないのよ・・・。
2017年03月15日 カテゴリ:修羅場  コメント:(0)

974 :名無しさん@おーぷん

祖母(母の実母)はたぶん母にとっての毒親だと思う。
祖母60代、母40代。私は成人なりたて。

祖母は私や兄に対しては激甘だけど、とにかく母に対して当たりがきつい。
知らない人が見ると「きっついお姑さん」に見えるらしく
実母だと知ると驚かれたことが何度かあるくらい。
何をしても気に入らないらしく、言動も趣味も容姿まで全否定。
母は自己評価がものすごく低く
何をするにも祖母にお伺いをたてて、ひとしきり罵倒されて
「ま、あんたのやることなんてその程度でしょ、しょうがないね」
のお言葉をもらう儀式をやらないと物事を進められない。

父はそういうおとなしい母が好きみたいだけど
私と兄はイライラするというか、母が祖母にかしづいてるのを見たくなくて無理。
あまりにも母がいちいち祖母に報告しては
お小言をくらってるから
「私のことは報告しないで」「黙っていて」って頼むんだけど
気づくとやっぱり報告して、メタメタに貶されて泣いてる。
兄は大学卒業とともに家を出て母から離れ
「泣き声のない暮らしはほっとする」って言ってる。
私もたまに兄のアパートへ逃げ込ませてもらってる。

私も大学卒業して就職して自立できるようになったら家を出る予定。
祖母は元気で、あと20年くらい生きそう。
へたすると母より長生きするかも。
もし母が先にタヒんじゃったら、母が祖母から解放されることって一生ないんだなと思って切ない。
でも私には母を救えないんだよなー。
高校生の時「おばーちゃんから離れなよ。おばーちゃんの代わりに私とにーちゃんが
お母さんを誉めてやるよ」って言ったんだけど
「それができたらいいのに」って泣かれただけだった。
2016年12月09日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(0)

830: 名無しさん@HOME 2012/05/05(土) 16:22:23
皆さん乙です。修羅場って二度と体験したくないですね。 
私はキレることしかできないヘタレなんだと確認できる良い機会でしたが。 
以下、長くなりますが、決着がついて20年経ちましたので書かせてください。。 


前提として、父の実母は父が生まれて数ヵ月後タヒ亡しています。 
父の父が再婚して、今の祖母(以下姑とする)がやらかし続けて、やっと縁が切れたという話です。 

父は末期がんによりタヒにました。タヒぬ一か月前まで仕事を続け、貧乏だったため病院代を心配し入院を拒否。 
強制的に救急車でかかりつけの病院へ運んでもらったが、入院した翌日に逝ってしまった。 
私と母はひとしきり泣いたが泣いてばかりもいられない、とにかくあらゆる方面へ父のタヒを連絡した。 
連絡したくはなかったが一応姑へも一報を入れた。

反応は予測していたが「あらそう、だからといって私への支払いを減らしたりしないでしょうね?」だった。 
病院にいたため、その場では怒りをおさえて「その話は後日」とした。 
するとその夜、姑は父の兄弟を従えて我が家へ突撃してきた。 
「お父さんがタヒんだからって、金がないとか言わないでよ。私へは今まで通り30万払ってもらうから。その確認をしにきたのよ」 
だった。