タグ:祖母の記事一覧
2017年03月21日 カテゴリ:怒り・ムカ  コメント:(0)

142 :名無しさん@おーぷん

昔、夫が慕っている父方の祖母に婚約の報告に行ったことがある。
そこは徳島の藍染の町で、婚約のお祝いにと反物をプレゼントしてくれた。
そして和裁が趣味の私の祖母が、それで浴衣を縫ってくれた。
その後結婚してふたり子供を産んで膨らんでサイズ的に着られなくなって、
袖を通したのは5年ぐらい。
仕立て直せばいいんだけど、ふたりの祖母が他界してしまって
なんとなくそのまま残しておきたかった。
いつか娘が着ればいいなと思ったし、藍染だから落ち着いた柄だし。
その大事な思い出の藍染の浴衣、勝手に弟嫁が和箪笥から抜き取って行った。
その少し前、借りたいって言われて断った。これは大事なものだからって。
なのに子供連れて遊びに来た時に、たまたま義母から電話があって話してる隙に持ちだして
車に先に積んでたらしい。やり口が完全に泥棒だ。
しかも着用したあと、クリーニングにも出さずに畳んで元の場所に戻していた。
私が気付いたのは本当に偶然で、うちの和箪笥は造りが良すぎて引き出しを閉めると
別の引き出しが手前に出て来る。それを押して閉めると別の引き出しが出て来る。
きちんの閉めるにはコツがあるんだ。
持ちだした時には気付かなかったけど、戻したときに引き出しが歪に2ヶ所出てたので気付いた。
その時にピンときて浴衣を見てみたら・・・と言う流れで発覚。
弟嫁を問い詰めたらあっさり白状、と言うか貸してくれない私が悪いみたいな言い方。
クラス会があって、いい浴衣を着て出席して気取りたかったらしい。
弟に猛抗議して、弟嫁の小遣いからクリーニング代を出させ
我が家への出入りを今後一切拒否した。(子供は別)
それから数ヶ月経って、クラス会ではなく男と会ってたことが分かった。
弟は離婚。弟嫁は親権を欲しいと言わなかったことだけは評価した。
なんかふたりのおばあちゃんが弟嫁の浮気をあぶりだしてくれたような気さえする。

でもね。
あの弟嫁が一度でも袖を通したと思うと、例えクリーニングしても
不快感がぬぐえないのよ・・・。
2017年03月15日 カテゴリ:修羅場  コメント:(0)

974 :名無しさん@おーぷん

祖母(母の実母)はたぶん母にとっての毒親だと思う。
祖母60代、母40代。私は成人なりたて。

祖母は私や兄に対しては激甘だけど、とにかく母に対して当たりがきつい。
知らない人が見ると「きっついお姑さん」に見えるらしく
実母だと知ると驚かれたことが何度かあるくらい。
何をしても気に入らないらしく、言動も趣味も容姿まで全否定。
母は自己評価がものすごく低く
何をするにも祖母にお伺いをたてて、ひとしきり罵倒されて
「ま、あんたのやることなんてその程度でしょ、しょうがないね」
のお言葉をもらう儀式をやらないと物事を進められない。

父はそういうおとなしい母が好きみたいだけど
私と兄はイライラするというか、母が祖母にかしづいてるのを見たくなくて無理。
あまりにも母がいちいち祖母に報告しては
お小言をくらってるから
「私のことは報告しないで」「黙っていて」って頼むんだけど
気づくとやっぱり報告して、メタメタに貶されて泣いてる。
兄は大学卒業とともに家を出て母から離れ
「泣き声のない暮らしはほっとする」って言ってる。
私もたまに兄のアパートへ逃げ込ませてもらってる。

私も大学卒業して就職して自立できるようになったら家を出る予定。
祖母は元気で、あと20年くらい生きそう。
へたすると母より長生きするかも。
もし母が先にタヒんじゃったら、母が祖母から解放されることって一生ないんだなと思って切ない。
でも私には母を救えないんだよなー。
高校生の時「おばーちゃんから離れなよ。おばーちゃんの代わりに私とにーちゃんが
お母さんを誉めてやるよ」って言ったんだけど
「それができたらいいのに」って泣かれただけだった。
2016年12月09日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(0)

830: 名無しさん@HOME 2012/05/05(土) 16:22:23
皆さん乙です。修羅場って二度と体験したくないですね。 
私はキレることしかできないヘタレなんだと確認できる良い機会でしたが。 
以下、長くなりますが、決着がついて20年経ちましたので書かせてください。。 


前提として、父の実母は父が生まれて数ヵ月後タヒ亡しています。 
父の父が再婚して、今の祖母(以下姑とする)がやらかし続けて、やっと縁が切れたという話です。 

父は末期がんによりタヒにました。タヒぬ一か月前まで仕事を続け、貧乏だったため病院代を心配し入院を拒否。 
強制的に救急車でかかりつけの病院へ運んでもらったが、入院した翌日に逝ってしまった。 
私と母はひとしきり泣いたが泣いてばかりもいられない、とにかくあらゆる方面へ父のタヒを連絡した。 
連絡したくはなかったが一応姑へも一報を入れた。

反応は予測していたが「あらそう、だからといって私への支払いを減らしたりしないでしょうね?」だった。 
病院にいたため、その場では怒りをおさえて「その話は後日」とした。 
するとその夜、姑は父の兄弟を従えて我が家へ突撃してきた。 
「お父さんがタヒんだからって、金がないとか言わないでよ。私へは今まで通り30万払ってもらうから。その確認をしにきたのよ」 
だった。
2016年11月10日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(1)
555: おさかなくわえた名無しさん 2013/07/23(火) NY:AN:NY.AN ID:O9ACokEy
正月、母方の祖母の家に親族が集まるのが恒例だった 
その年母が大晦日から熱を出し正月母は実家に帰れなかった。 
一応家族を代表して自分がいくことになった。 
いつもなら、昼過ぎ集合>お昼ご飯>談笑というながれ 
お昼は人数も多いから出前でとってた。 

到着すると親族全員着ていたがなんか暗い。お葬式並みに暗い 
挨拶をして、とりあえずお昼食べヨットおもってテーブルの寿司(押し寿司っぽいの) 
をぱくっと口に入れて一噛みした瞬間吹いた。 

しゃりが焼いてない餅なみに硬くて、砂糖の味がタップリ、そして酸っぱい 
むせる自分、あわわわっとなる親族。 
正月早々ゴミを食べさせられて「何この寿司腐ってんの??」と大声で言った。 
親族 シーーーーーーーーン って感じだった。 
ゴホゴホとむせながら「これ○○の店で買ったのじゃないの?」っと叔父さんに聞いた(いつも買ってきてくれてる) 
「いや・・・違うんだ」と小声で言う叔父さん 
「じゃーどこのよ、まじ腐ってるって皆くっちゃったの?この寿司だけ腐ってんの?」 

そこに祖母が「自分ちゃんそれ今日作ったのだから腐ってないよ」っと 
「いや、腐ってるって、形は寿司だけど、寿司じゃないしこれ、誰がつくってん!」 
と口直しに酒を流し込みながら料理好きの従兄弟を見ると、全力で手を振って私じゃないアピール 
2016年07月27日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(0)
261: 名無しさん@HOME 2012/08/10(金) 01:23:25.40 0
自分の修羅場 

自分(男)は父・母・姉・自分の4人と、父の実家で同居の祖母を逢わせて5人で暮らしていました 
祖母は何かと母にイヤミを言ったりで自分はあまり好きじゃなかった 
食事を作くれば「コレは失敗だね」とか「ウチの味じゃないね」と 
掃除をしてても「雑だねもっと丁寧に掃除できないのか」などと、いちいちイヤミな祖母でした 
自分はそんな祖母に口答えしたり、母をなぐさめていた 
父も一応祖母に注意するのだけど、口先だけで本気で注意してるようには見えなかった 
自分や姉にも結構厳しい祖母でしたが、嫌がらせとかは無かったと思う 
ただあまりに母が責められるので、さっさと離婚すればいいのにと思ってた 

自分が中学生の頃に祖母が寝たきりになった 
2年くらい自宅で介護してた 
介護はもっぱら母で時々姉が手伝いをしていた 
自分と父も手伝おうとしても祖母が嫌がり、ほとんどやらなかった 
祖母をあまり好きじゃないし別にそれならそれでいいかなと思ってた 
ぶっちゃけると祖母も父も嫌いだったし、祖母のいいなりになる母も好きじゃなかった 
そして自分が高校入学、姉が大学に通ってた頃に亡くなった