タグ:記憶の記事一覧
2022年10月02日 カテゴリ:夫婦  コメント:(0)


241 :拝啓、鬼女様 2015/09/23(水) 11:48:06 ID:v8V
大学で出会って、なぜかビビッときて私から告白して付き合ってもらったのが付き合い始め。明るいけれども誠実な人柄にどんどん惹かれていきました。
旦那は私の2つ歳上で、私が大学を卒業して一年もするとお互いの生活もある程度安定が見えていたからそこで結婚しました。
ても結婚してひと月もすると、突然会社全体がとても忙しくなりました。私も六時出社で終電で帰る生活になり休みは日曜日だけ、その日曜日も疲れで昼頃まで寝て持ち帰った仕事をこなし、9時には寝るという生活。
また、お局様に目をつけられて、お局様とその取り巻きに目をつけられ色々と嫌がらせまでされていました。
そんな中で旦那だけが救いでした。稼ぎも明らかに旦那の方が多かったけど、早く帰ってるからとほとんどの家事は旦那がしてくれていたし、夕食も温めるものでなく、帰ってきてから作ってくれて食べる時間も合わせてくれました。次の日のお弁当やシャツの準備までやってもらえました。
仕事は好きでやってはいたものの本当に辛くて、旦那にいつも泣いて愚痴を言っていました。旦那も色々辛かったはずなのに、
「うんうん、本当にご苦労様」
と嫌な顔もせず聞いてもらえました。
とはいえ、夫婦らしいことなんて何一つ出来なかったです。旦那は結婚前から子供を望んでいましたがな、家に帰ってすぐに寝る生活だったので、夫婦生活すらもできませんでした。
2022年02月19日 カテゴリ:神経がわからん  コメント:(0)


661 :拝啓、鬼女様 2016/09/09(金) 21:39:18 ID:tOh29Ss/.net
ちょっと重い話でスマンが、うちは俺が小さい頃に父親がよそに女を作って離婚。
母親は俺が5歳のときに再婚して子供を3人産んだので、俺は4人兄弟妹の長男だけど、
下3人は父親が違う。新しい父親は下の3人と俺をまったく分け隔てなく育ててくれて、
とても感謝してるし、6人家族ですごく仲がよい。今は俺と妹が結婚して家を出て、
弟2人はまだ独身で実家にいる。そういう状況。

父親の記憶はおぼろげにあって、すごく優しい思い出があったから、いつかは会いたいと
思っていた。ところが先日、俺が高校生の頃に父親が亡くなっていたことを知った。
原因は白血病。骨髄バンクにも適合するドナーがいなくて、近親者に片っ端から
当たったけど誰も適合しなかったとのこと。そして、実は俺にも適合検査をしてくれないかと
父親の家族から打診があったそうだ。ところが母親はそれを断り、結局父親は程なくして
亡くなったとのこと。

俺が適合できたのかどうかはわからないけど、もしかしたら適合できて、タヒなずに済んだかも
知れないと思うと、なんでひと言相談しなかったのかと、母親の神経を疑わざるを得ない。
父親の浮氣のせいで母子共に路頭に迷ったとか、それほど苦労したわけでもないのに。
人間の生タヒが掛かっていることを自分の恨みだけで拒絶した神経がわからん。
2021年05月17日 カテゴリ:家族・親族  コメント:(1)


122 :拝啓、鬼女様 2013/05/21(火) 00:23:39 ID:ARxklkQH
飛行機で思い出した
うちの父親、飛行機嫌いなんだけど、その理由が
前世で飛行機の墜落事故に遭い、生涯を終えたからだそうだ
冗談だと思ってたが祖母曰く小さい頃から言ってるらしい
2021年01月31日 カテゴリ:衝撃的  コメント:(0)


527 :拝啓、鬼女様 2020/12/01(火) 12:19:08 ID:pF.eo.L1
30年ぶりくらいに映画「グレムリン」を見た
子供のころに一度見たことがあって、
水で繁殖するのと夜食で凶悪化するのは覚えてたけど
ほのぼのファンタジーと思ってたら違った
今見たらとんでもなく怖い映画だった

見てない人のために詳細は省くけど、
ダーツとかミキサーとか電子レンジとか
注射に爆破に陽光ドロドロ
なによりヒロインの父親のタヒ因がえぐい
よく見たらこの映画PG-13指定だ

ググったら元々の脚本にはグレムリンが人間や犬を食べたり、
主人公の母親が首チョソパされるシーンもあったらしい
2020年11月29日 カテゴリ:修羅場・衝撃的  コメント:(0)


522 :拝啓、鬼女様 2020/09/12(土) 23:41:43 ID:X8.zz.L1
私は女装だとわかる女装をした男性が怖い
苦手とか嫌いとかじゃなく、本能的な部分でひたすら怖くて、テレビで見るだけで体が萎縮するんだけど
>>412さんの話を読んで、改めて私のこの感覚も偏見だよな、いけないことだよなと思って、兄に何となく
「私って女装してる人見ると怖くて仕方ないけど、でもLGBTの問題もあるし、やっぱりダメだよね」
と話したら、兄がさも当然のように「そりゃお前、死にかけたんだから当然だろ」と言ってきた
何のことかわからず首をかしげていると、家族が唖然として、そのあと父と母が変にソワソワしだした
両親は止めたけど兄に教えてもらった話によると、私は6歳の頃、近所に住む女装男性に杀殳されかけたことがあったらしい
最初に断っておくと女装男性は知的障害とか発達障害者ではなかったそうで、普段はスーツで立派に会社勤めされてたそうです
女装男性は見た目は立派なおじさんだったけど、私服はチアリーダーの服やバスガイドの服、ナース服等
女性の制服と言えるような服を着て外を歩いており、昔を知る人によると若い頃から女物の服を着てたらしい
ところがだんだん可愛さだけでなく若さにも執着し始め、近所の高校のセーラー服を着るようになり
女子が可愛い小物をつけていると声をかけ、キモがられたりすると怒り出し
時に無理やり奪おうとしたこともあって警察沙汰のトラブルにもなったとの噂も流れてた
私の母は服飾の仕事をしていて、私のために七五三の白いドレスを作ってくれた
それを祖父母に見せに行く約束をしてたので、私はドレスに着替えて先に車に乗って待っておくように親から言われた
マンションだったので駐車場は少し離れたところにあって、そこへ移動するまでに偶然女装男性に鉢合わせした
私の格好が男性にとってとても魅力的だったらしく、連れて帰ってお人形さんにしたかったらしい
連れ去られそうになって泣いて暴れたらデコを何かで強打されて、首をしめられてたそうだ
でも私の声を聞いた母と兄が飛んできて、母が筋肉ブチ切れるくらいの火事場の馬鹿力で私を助け出してくれたらしい
当時の私は事件を鮮明に覚えていて情緒不安定だったらしいが、今の私は事件どころかそんな男性がいたことも一切記憶に残ってない
唯一残ってるのが女装男性に対する謎の恐怖心と、殴られたときにできた生え際の禿傷くらい
いつの間に消えたのか私にも解らないけど、そのときのトラウマが女装男性にたいして恐怖心を拭えない原因みたい

兄からは「心が女だと言い張って女に対してパーソナルスペースを犯す男性やそういう男性から傷つけられた女性もいる
可愛い女性の格好や女物が好きだという趣向は否定しないし、俺の友達にもそういう奴はいる
理解してるのと本能的な部分で受け入れられないのは相反することじゃない
何でもかんでも無理に受け入れる必要はないし、大事なのは相手を傷つけないことだろ」と言われた
私は偏見に満ちた考え方をしてるのかと悩んでたから、兄の言葉にちょっと救われた気がする
私の家族は私の事件があったから、女物にこだわる男性への目線はかなり厳しいし、我が家では受け入れられる価値観じゃない
だけどその価値観を家の外に持ち出さないし、ましてや他人に押し付けることもしていない
兄と話して、大切なのはそういうことなのかなと思えてちょっと心が楽になった
改めて外で女装している人を見かけても、恐怖心を抑え込んでけして態度に出さないように心がけていく
2020年10月10日 カテゴリ:その他  コメント:(0)


80 :拝啓、鬼女様 2020/08/29(土) 17:29:48 ID:qS.bm.L1
今でもたまに、あのお婆さんは誰だったのかな?と思う事がある。

昭和で、私が保育園児くらいの時に、母親と近所の個人商店に散歩がてら買い物へ行った事がある。
個人商店と言っても、形態が独特で、正方形のこじんまりとした家の前面を開放していて
畳敷きの部屋にコの字に商品が並べられており、欲しい商品をお店の人に言うと、取ってくれるやり方だったと思う。
母はお店の中年女性.と顔見知りらしく、話に花を咲かせていたが、幼い私にとって面白い話ではなく、早々に私は退屈してしまっていた。
解放された部屋に身を乗り出すようにして、商品をなんとなく眺めていると
いつの間にか奥に小柄なおばあさんが座っていた。
お婆さんは何を言う訳でもなく、ニコニコと笑顔で私をただ見ていただけだった。

このお婆さん。
薄い黄土色に黒色の線が縦に入ったバサージと言う着物に、カンプー(頭のトップでまとめた髪型)という
当時でもテレビ番組や沖縄の踊りなどでしか見ない格好で、子供ながらに「今時珍しいな」と思った。
それと手の甲が黒かったので、「何かの病気だろうか」と、あまりジロジロ見てはいけないものだと思って、あまり見ないようしていた。
そのお店へ行ったのはこの一度きりだったが、小学校へあがり、学校への行き帰りを母の車の後部座席から
あのお婆さんはいないだろうかと見ようと思っていたのだが、所詮は子供だ。
徐々に忘れていった。

大人になってから、手の甲が黒かったのは、実は「ハジチ」という女性.だけが彫るイレ/ズミだったのだろうと思っていたのだが
よくよく考えたら、そのハジチ文化自体が既に廃れており、それを施してる女性.は、母が子供の頃には既にいなかったと聞いている。
それでは私が見たお婆さんは一体いくつだったんだ?と謎が残った。
ある日、この事を母に話した所、あの店には、当時中年女性.とその家族しかおらず、ハジチを施したお婆さんどころか、年寄りがいない家だったそうだ。
じゃあ私が見たあのお婆さんは誰だったのだろう?
母に言わせると、保育園児の記憶なんて曖昧なのだから、勘違いだろうという事だったが
私は今でもあのお婆さんの、ニコニコした柔らかい笑顔を思い出せるんだ…。
2018年05月04日 カテゴリ:生活系  コメント:(0)



600: おさかなくわえた名無しさん 2013/12/20(金) 10:02:04.16 ID:opdV9MXd
自分の脳が他人とは違っていた事。 

教科書も地図も見た時にページ数ごと暗記してて思い出す時は脳内でページ捲って探す。

景色も1回見たら暗記、車窓からの景色も同じ。皆そうやって暗記したり受験勉強してると思っていた。 

今、建築会社で図面書いてるけどそれもレイヤー1枚1枚暗記するくせがついた。 
仕事が増えた時、眠れなくなって神経が異様に冴えるので、病院行ったら脳の検査で知った。



2018年05月01日 カテゴリ:衝撃体験  コメント:(0)



792: おさかなくわえた名無しさん 2013/08/01(木) ID:/aUXrlyY
自分は男だと思って長いことずっと生活してきたつもりが、実は女だったことに気付いた時が修羅場だった。



2018年03月23日 カテゴリ:衝撃的な話  コメント:(1)



888: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/05/10(土) 02:09:39.85 ID:ktvrBgn5.net
アメリカ人の爺さんがボケて、頭の中がベトコンの頃に戻ってしまったこと。

90も近いのに仲間を助けに行くと言って近所の山に入ってしまった… 
幸い1日で見つかって連れ戻したけど、爺さんの仕掛けたトラップによる怪我人が複数出てかなり大変だった。

しかしトラップの見事さと足跡や匂いの消し方から言って、やっぱりこの爺さん特殊部隊の出なんじゃないかと思う。

犬が途中で追跡できなくなるぐらいだし、元レンジャーのおっさんも1回完全に撒かれた、というか90間近の爺さんの動きじゃない… 

昔の戦争の話を聞いても殆ど有耶無耶にしてかわされるから海兵隊だったことぐらいしかわからないけど、勲章は結構な数を持ってたし只者じゃない。

まぁこの事件の時に川に飛び込んだりしたせいで、肺炎おこしてもうウロウロ出来るほどの体力も残ってないけど。

記憶ってのは怖いね、肉体の限界すら超えた動きをさせてしまうんだもの。
でもこの頃から眠ると、多分亡くなった仲間の名前を叫んで飛び起きることが増えて大変だったけど、本人はもっと大変だったんだろうなと思う。


今まで生きてきて凄く衝撃的だった体験 115度目
http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/kankon/1397965401/




2017年10月29日 カテゴリ:これはひどい  コメント:(0)
322: 名無しさん@おーぷん 2016/05/27(金)09:09:43 ID:znA
愚痴というか相談というか…。

わたしは周りの人に、本名を言っていません。
在○とかでもないし、苗字が少し難読ではあるけど、普通の名前です。
では何故本名を言わないか。

うちは両親が離婚していて、わたしは父に引き取られました。

小学生の頃に父に彼女ができ 4年生のとき、父とわたしと彼女の3人で旅行に行きました。
キャンピングカーに泊まって3人で川の字になって寝てたんだけど、父と彼女がしはじめて。
車の揺れで目が覚めました。

何となく「何してるの?」なんて言える感じじゃないって察して、寝たふりし続けました。
そしたら、彼女があ*ぎながら、わたしの名前を言ったんです。
「○○ちゃんが気付いちゃう」「○○ちゃんが起きちゃう」って、あ*ぎながら。
その夜だけではなく、そういうことが何度もありました。

それ以来、30歳になった今も、自分の名前が嫌で仕方ないです。

名前を呼ばれると、その夜のことを思い出すんです。
でも、実生活で本名じゃない名前を使い続けるのって難しくて…。
付き合いそうになったときに、本名じゃない件とその事情とを話しますが、怪訝な顔をされます。
なんであの彼女さんは、わたしの名前をあ*いだのか…。
改名も考えたけれど、精神的トラウマでも可能なのか…。

いらない枷をつけられた感じで、なんとも生きにくいです。

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